第9話 戦いの意味
ランディとジェシカの立ち合いが始まるということで、お役御免になったウィルが首を傾げながらレジーナの元に戻ってくる。
そんなウィルの腕を軽く叩きながら、レジーナは苦笑していた。
「思ったより早く終わったのぅ」
「ああ。だが俺がここに来る意味はあったのか?」
振り返ったウィルは、剣を構えて対峙する2人を眺める。
余裕ありげにジェシカを見据えるランディに対し、一切無駄のない構えをしたジェシカが地を蹴り迫っていく。
振るわれるジェシカの剣は最短経路をなぞりながらランディに迫るが、ランディはゆうゆうとそれを避け、かする様子も見せない。
2人の間に相当の実力差があるのは明らかだった。
「意味か。あるわけないじゃろ。我らがしていることが自国に対して不利になることなどないと、あ奴も理解していたはずじゃ。なにせ防壁の向こうにあるのは敵国ではないのじゃからな」
レジーナの言うとおり、もし防壁の向こうに敵国がいるのであれば話は変わってくる。
防壁の一部に細工するなどして破壊できるようにし、防壁があるという油断を突いて強襲する、などといったことも考えられるからだ。
だが南から押し寄せてくるのは魔王の出現によって強化されたモンスターたちのみ。
それに利する者など、普通ならいるはずがないのだ。
「ではなぜ?」
「さあの。他人の詳しい事情などわからんのじゃ。軍としての義務なのかもしれんが、どちらかというと……」
果敢に攻め立てていたジェシカを、ランディが少しずつ押し返していく。
その攻撃の速度は、ウィルに対していたときに比べ速くない。だが、その一振り、一振りごとにジェシカの動きは制限され、その顔には焦りの色が浮かんでいく。
状況を打開しようと振るった剣をあっさりと跳ね上げられ、喉元に剣先を突きつけられたジェシカはそのまま負けを認めた。
「終わったようじゃの。まああの女は本来魔法主体のようじゃし、順当なところかのぅ」
目を閉じたジェシカが、荒い息を整えながらゆっくりと目を開く。
その瞳はまっすぐにランディを見つめており、そこにはどこか悲し気な色が含まれていた。
しかしそれは一瞬で消え去り、それに気づくことができたのは対峙していたランディと感情による微妙な魔力のゆらぎを察したレジーナだけだった。
ランディはすぐに剣を引き、少し間をとって礼を交わす。
周囲で見ていた兵士たちからわっ、という歓声があがり、それを取りまとめる兵士長たちが慌ててそれを制していく。
そんな部下たちの姿に苦笑いしながらランディはちらりとレジーナに視線を向ける。
それに対し、レジーナは小さくうなずくことで返すと、じっと自分を見つめ続けているウィルの視線が伝える疑問に対する答えを呟く。
「そうじゃな。我にはその頑なさは何かに対する懺悔の裏返しのように見えたがのぅ」
「……」
そう言い残し、レジーナは訓練場を後にする。まるでもはやここにいなくても問題はないとわかっているかのように。
そしてその予想のとおり、それ以上レジーナたちはそれ以上の追及を受けることなく防壁の建築の継続を認められたのだった。
ジェシカとの会談後、サデトと命名された新しい砦には第三方面軍の兵士や騎士たちが次々と居を移していった。
今までセイナット帝国の南部という広域を維持してきたその人数は3万を超える。
ただ現在は新規に南部を統括する第五方面軍への引継ぎのため、その3分の1を残してきており、実際に砦に移り住んだのは2万人弱だ。
彼らはいちおう職業軍人であるのだが、戦時中ではない現在は訓練だけを行っているわけではない。
そもそも侵略し拡大を続けていたころであれば、相手国から得た富で兵を養うことができていたが、魔王の出現によってそれが難しくなった現状ではその維持費は国にとって大きな負担となっていた。
そのため第三方面軍を含め、兵士たちは訓練の傍ら自らの食料などを自給するために肉体造りと称して畑を耕して小麦や野菜を育て、実践訓練と称して食べられるモンスターを狩ることが常態化していた。
特に防壁のおかげで南方からのモンスターや動物の侵入を防げるため、畑が荒らされる心配がない。
そういった事情もあり、砦周辺には広大な畑が作られていったのだが……
「ぼろもうけじゃのぅ。トールは土魔法が得意ということにしておいてよかったのじゃ」
第三方面軍からの依頼により、畑として使えるように土地の開墾を依頼されたトールは、その魔法によって次々と土地を耕していった。
もちろんそれはレジーナが行ったものであるのだが、実際に現場に赴いて作業したのはトールであり、第三方面軍において広く知られるようになったのはその名だけだ。
トールあてに払われたその報酬は、ひと1人が一生遊んで暮らすには十分なほどの金額である。それが今のレジーナの笑顔に繋がっていた。
この金額が多いとみるか少ないとみるかは考え方の違いによる。
畑は維持することも大変ではあるのだが、ただの土地を畑として開墾することは非常に困難な仕事なのだ。
もちろん第三方面軍の中にも魔法使いはいるため、レジーナと同じように開墾することができないわけではない。
だが、2万人規模の軍の食料が賄えるだけの広範囲を開墾するなど、軍に所属する一流の魔法使いでも長い期間を要する大事業なのだ。
それを1週間とかからずにやり遂げ、すぐに食料の生産に入ることができた人的コストの削減を考えればひと1人分の一生程度の金など多いとはいえないだろう。
「ご機嫌だな」
口の中をもごもごと動かしながら、ウィルは報酬の入った袋を異空間にしまっていくレジーナを見守る。
そしてこちらを向いたレジーナに、ウィルは手に持っていた袋から取り出した飴を放り投げた。
放物線を描いた飴を口でキャッチしたレジーナは、舐めることなくがりがりと嚙み砕いていく。
「生きているように見せかけるのには金がいるからのぅ」
防壁を造り続けるジフンたちを眺めながら、レジーナは嚙み潰した飴をごくりと飲み込む。
まるで生きているかのように働いているジフンたちだが、実際はもう死んでおりレジーナの魔法によって仮初めの命を与えられているに過ぎない。
本来であれば彼らは睡眠も食事も必要なく、疲労を感じることすらない存在だ。
だがレジーナは彼らを自らの隠れ蓑としているため、人らしい生活を送らせる必要があり、そのためには細々とした費用が必要となってしまった。
レジーナも当初からそのことについては想定していたが、人として生き続けることのコストと面倒くささは想定以上だった。
「はぁ、人数を半分、いや20人程度にするべきじゃったな」
「始めてしまったものはもう仕方ないだろう。少しずつ人里から離れていくことになるのだし、もう少しの我慢じゃないか?」
「じゃが、防壁の所々に造るように依頼のあった駐在所には兵が置かれるようじゃし、根本的な解決を図るのであれば……んっ?」
その時、レジーナが遠くで魔力が揺らいだのに気づく。そしてそれは魔力感知についてあまり得意ではないウィルが気づくほど大きなものだった。
2人はほぼ同時に防壁の外、砦のある場所からまっすぐに進んだ方向で立ち上る魔力へ視線を向ける。
それは人では扱いきれない魔法を行使する前兆。そしてそれが意味するのは……
「しびれを切らした馬鹿が現れたようじゃな」
「魔人か」
「ああ。我の知らぬ魔法じゃ。若い個体のようじゃな」
レジーナは即座に探知魔法を行使し、その魔法の構成を遠方から解析していく。
そして彼女はニンマリと笑みを浮かべた。
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