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姫と魔王と守護の龍  作者: ジルコ
第2章 魔人と踊る

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第8話 戦う相手

 ジェシカたちに連れられ移動した先は、チルンの街の北方に位置する兵の訓練場だった。

 領主の館の裏にも民衆の緊急避難場所を兼ねたある程度の運動ができる広場があったのだが、案内役を務めたランディがそこを選ばなかったのだ。

 てっきり館の裏に案内されると思っていたジェシカは、その行先にわずかに疑問を持ったが、国を守るべき軍人が民間人と戦うところを屋敷に勤めている者たちに見せたくないとランディが考えたのだろうと推測し、甘い奴だとランディの評価を下げる。


 国を守れぬ軍に意味などない。

 たとえ民に恐れられようとも、どれだけ憎まれようとも、大義である国防の前には些末事。

 大を生かすために小を切り捨てる。例え切り捨てられる側が自分であっても。

 それがジェシカの率いる第三方面軍の気概である。


 このような気風の軍は、セイナット帝国においても第三方面軍だけだった。

 元々モンスターの出現が多く、たまにはぐれと呼ばれる強力なモンスターを相手にしてきたからこそ、その軍は精強であり、そして苛烈でもあった。

 そしてそれは、ヘイシアが陥落したことにより強まっていた。


 訓練場にたどり着いたランディは、そこで訓練をしていた騎士や兵士たちに休憩を与え、その中の1人に訓練用の剣を2本持ってこさせる。

 訓練用の剣は刃こそ潰して切れなくしてあるが、その重さは普通の鉄剣と変わりない。

 本気で当たれば骨を砕き、当たり所が悪ければ死に至る危険性を持ったれっきとした武器であった。


 兜をつけいつもどおりの全身鎧の姿に戻ったウィルに、ランディはそのうちの1本を渡し、そしてもう1本を持ちジェシカの元に歩いていく。

 真っすぐに自分たちを見据えるウィルの姿を眺めながら、誰と戦わせるべきかジェシカは考えていた。


 ウィルの実力が高いことはそのたたずまいからだけでも十分にわかる。だが今引き連れている騎士たちは、軍の中でも指折りの実力者たちだ。

 それでも得意分野、不得意分野というものは存在する。

 ウィルの全身鎧という装備から考えて、あまり動かずに攻撃を受けカウンターを叩きこむタイプなのだろうとジェシカは推測した。

 それならば、と人選を終えたジェシカがランディから剣を受け取ろうとしたのだが、剣がその手に渡ることはなかった。


「どういうつもりだ?」

「いえ、せっかく来ていただいた軍の方を怪我させるのもどうかと思いまして」


 目前でくるりと背中を向け、ウィルと対峙し始めたランディにジェシカが冷たい声をかける。

 刺すような鋭い瞳を背中に受けながら、ランディは飄々とした態度のまま振り返ることすらしなかった。

 戦いに備えていた軍の騎士たちからの無言の圧にも屈することないランディにジェシカは言葉を続ける。


「たしかあの男はお前の知り合いだったな。忖度でもするつもりか?」

「忖度? 面白いことをおっしゃいますね」


 そこまで言われてランディは半身になり顔をジェシカに向ける。

 まるで幼い子供を諭す親のような達観した眼差しを彼女に向け、ランディは静かに告げる。


「彼は手加減が苦手なんですよ。忖度だと思うのならそれでいい。私との戦いが終わった後にそう思うほど目が曇っているのであれば、街の防衛について考え直さなければなりませんので」

「なっ!」

「では」


 それ以上の言葉を言わせず、ランディはウィルに向き直るとゆっくりとそちらに向けて歩いていく。

 近づいてくるランディの姿に、わずかにウィルは首をひねる。


「お前が相手か?」

「ええ、久しぶりに胸をお借りします」

「いいだろう。行くぞ」


 そうウィルが告げた次の瞬間、休憩を指示され見学していたほとんどの兵士たちの目からウィルの姿が消える。

 そして彼らの目に再び映ったのは、剣を地面に叩きつけ硬く踏みしめられたそれに大きな切れ目を入れた姿だった。


 その剣を避けたランディが、跳ね上がった土に頬をかすらせながら横なぎに剣をふるう。

 全身鎧の首の接合部分を狙ったその斬撃は鋭く、常人の目には止まらぬほどの速さであったが、ウィルはその膝を少し曲げることで避けるとその腕を狙って剣を跳ね上げた。

 空を切り裂く音をその場に残し、後方へ跳ねたランディが距離を測りながら正眼に構える。


 お互いを見据え、相手の出方を探る神経戦を始めた2人を眺める兵士たちの間にざわめきが広がっていく。

 この街の筆頭守護騎士であるランディが強いということは皆が理解していた。

 若くして才能を見出された彼は、騎士になって以来、いや兵士の時からでさえ一度として負けたことがない。

 自分たちとは格の違う天才。そう彼らは信じ、嫉妬すら抱くことすらできない尊敬すべき人物と考えていたのだ。


 だが今、ウィルと相対するランディを見て彼らは認識を改めた。

 これまで自分たちが見ていたランディの実力は、ほんの一端にすぎなかったのだと。

 全身鎧を着たまま自分たちが目で追えないような速度で動く化け物と切り結ぶことができる存在。

 実力者であればあるほど、その体を正体不明の震えが襲う。それはその実力を正確に把握できてしまうからこそ来る、生き物の本能からのものだった。


「以前より強いな」

「訓練していますから、昔のままではありませんよ」

「そうか。そうだな」


 ふっ、とわずかに笑い、ウィルがその剣を上段に構える。

 来るもの全てを叩き潰す、と言わんばかりのその構えに、ランディは躊躇することなく正面から突っ込んだ。


 走る速度に緩急をつけて間合いを乱すランディに対し、ウィルは惑うことなくどっしりと構えてその時を待つ。

 そしてウィルの間合いにランディがわずかに踏み込んだ瞬間、まるでギロチンを落とすかのようにウィルの剣が振るわれた。

 そのまま行けば自身を一刀両断にする剣の軌道に、ランディは自らの剣をほぼ平行に走らせ、わずかに加えられた横方向の力によってそれを避けることに成功する。

 そしてその場に立ち止まると、そのまま切りあいを始めた。


 防御ごと貫かんとするウィルの剛の剣を、ランディはしなやかに、そして鋭い柔の剣でさばいていく。

 その剣速はもはや常人の理解できるところを超えており、ただ両者の切り結ぶ音を認識することしかできなかった。

 そして一際大きな音がした瞬間、両者が同時に後方に跳ぶ。


「ウィル、もう少し手加減してください」

「戦いを挑んできた相手に手加減をすることは失礼だとしつこく言われてきたんでな」

「それはたぶん獣人の常識ですよ。しかも好戦的な種族の」

「お前も……まあ、そうかもしれんな」


 ウィルが持っていた剣を眺め苦笑いを浮かべる。

 その剣身部分は半分ほどのところで断ち切られていた。度重なるウィルの剛剣による疲労で弱ったところをランディに狙いすまされ斬り飛ばされてしまったのだ。

 もしこれがレジーナの造ったいつもの剣であればそんなことはなかっただろう。

 だがそれを考えず全力で戦った結果がこれであった。


「今回は俺の負けだな」

「ではありがたく勝ちをいただきます。こんなこと滅多にありませんしね。本気のウィルにはまだまだ勝てる気がしません」


 戦闘体勢を解き、近づき握手をして笑いあう2人をジェシカは静かに眺めていた。

 背後から感じていた部下たちの怒気は既に鳴りを潜めている。今の戦いを見て、自らが侮辱されたと考えるほどの馬鹿はここにはいない。

 自らが強者であるという自負は未だ彼らの中にはある。だがそれをはるかにしのぐ実力を見せつけられた今、その強さに至るまでの研鑽に対する畏怖に近い尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

 ここまでの自らの努力を、誰より知っているからこそ。


 ジェシカは深く息を吐き一歩踏み出す。

 そして近づく彼女に気づき振り返ったランディに向けて、こう告げた。


「連戦で悪いが、一手指南してもらいたい」

「ウィルではなく、私に、ですか?」

「ああ。彼の剣は恵まれた体を生かしたものだ。誰にでも真似できるものじゃない。私が知りたいのは自身の研鑽の先にあるもの。それがお前の剣だと私の勘が告げているんだ」


 真っすぐに見つめるジェシカの瞳の真剣さにウィルは微笑み、そして彼女のための剣を持ってくるように見学の兵士に告げたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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