第7話 ジェシカの問い
外見はまるで砦のように堅牢そうだったチルンの領主の屋敷であったが、その中はレジーナの知るものとそう変わりはなかった。
5万人規模の、帝国内でも中の上程度の街であるチルンの経済状況は決して悪くなく、廊下には調度品や絵画などが並んでいる。
どれも大人しめの配色で統一されており、一見地味に映るかもしれないがレジーナは好ましく感じていた。
しばらく歩いたのち、老執事が行き止まりの扉の前で足を止める。
今来ていることを先に伝えていたのか、扉の前で立っていた若い執事はレジーナたちに礼をすると、そのまま扉を開いて中に招く。
扉の先はある程度広い部屋ではあるのだが、謁見室のような格式ばったものではない。
主人の好みを示すような落ち着いた白の壁には歴代領主の肖像画が飾られており、天井に吊るされたシャンデリアの灯りでその額縁を薄く光らせている。
暖炉前のソファーに座っているのはあご髭を生やした中年の男と、軍服を着こんだ美女であり、壁際にはランディを含めたこの街の騎士たちと軍服を着た騎士が並んでいる。
「南壁工事責任者のジフン様、建材等を作成されている魔法使いトール様、そのお弟子のレジーナ様、護衛責任者のウィル様をお連れいたしました」
ソファーに座る2人に向け恭しく頭を下げ、そしてレジーナたちのことを老執事が紹介していく。
その紹介に合わせて中に入ったレジーナとウィルに向けて、壁際に立っていたランディが軽くウインクを飛ばす。
さすがに領主に会うため全身鎧の頭部を外していたウィルだったが、元々表情の変化が少ないため反応はしなかった。
レジーナもわずかに口の端を上げただけでランディに返したが、他の者には緊張で顔をこわばらせたのだろうと思われる程度だった。
(この部屋といい、先に待っておるということといい、悪い話ではなさそうじゃな)
そんな感想を抱きながら、レジーナは案内されるままに領主たちが座る対面のソファーに腰を下ろす。
通常、領主との謁見ともなればもっと仰々しい部屋で行われ、さらにはこちらがその部屋でしばらく待っているところに領主がやってくるというのが当たり前だ。
帝国も身分社会であり、貴族と平民の間にははっきりと格差がある。
そのことを考えると今回の対応はかなりの例外、ウィルが全身鎧のまま面会できていることを考えても良い方向のものと判断できた。
まるで我が家のようにどっかりと腰を下ろすジフンの隣で、落ち着かずそわそわしながらトールが座っている。
そんなトールをちらっと眺めレジーナはわずかに呆れたように息を吐く。もちろんこれは演技だ。
ウィルはレジーナの細かい芸当に少し感心しながら、じっと対面に座る2人を眺めている。
そんな4人に、あご髭を生やした男、領主が話しかける。
「突然の呼び出しにもかかわらずよく来てくれた。私はこのチルンの街の領主エドワードという。そしてこちらが……」
「第三方面軍騎士団長ジェシカだ」
言葉を奪うように名乗ったジェシカの態度にエドワードが苦笑を浮かべる。
そしてその身をソファーに委ねてエドワードは主導権をジェシカに渡した。
まるで値踏みするような目で4人を見つめていたジェシカが最初に見定めたのはジフンだった。
「ジフンと言ったな」
「ああ」
「なぜ防壁を造り続ける?」
「国を守るためだ。俺ぁの国はモンスターの侵攻によって滅んだ。住処を二度も追われるのはごめんだからな」
圧を感じるジェシカの質問にも、ジフンはひるむことなく堂々と答える。
「金も出ないのにか?」
「金なんてもんは、あの世にはもってけん。その日暮らしていける分だけありゃ十分じゃわい。幸い建材はトールが造れるからそこまでの費用はかからん」
「そうか。ではトールとやらに聞く」
「ひっ、は、はい!」
球に視線を向けられ、トールがビクンと体を跳ねさせるようにしてソファーに座りなおす。
細かく震えるその体を眺めながら、ジェシカはゆっくりと問い始めた。
「部下たちからの報告で、お前がかなりの魔法の使い手だと聞いている。砦の建材すべてを造ったというのだから、魔力量も相当なものだろう。それだけの実力があればお前をもっと高く評価する者はいたはずだ。なぜこんな名も知れぬ工房に籍を置き、質素な生活を続けるのだ?」
「えっ、あの、そのですね」
答えに詰まるトールをよそに、ジェシカの視線がトールとそしてその隣にちょこんと座るレジーナの着ている服に向かう。
「その服のデザインはデリク王国のものによく似ているな」
寒ささえ感じさせるジェシカの問いに、トールはぶるぶると震えて答えることができない。
お前はデリク王国から送られたスパイなのではないか、という真意を隠そうともしないその問いに追い詰められトールの顔色は真っ青に変わっていた。
「沈黙は是ととるが、よいのか?」
ジェシカに目配せされた軍服の騎士の1人が、腰に提げた剣の柄に手をかける。
横に並んでいたランディはちらりとそちらに目を向け、わずかに重心を前に倒して準備を始めた。
体を震わしながらトールはなにかを言おうとするが言葉がその口から出てくることはない。
緊張感は刻一刻と高まっていき、ジェシカの表情も険しいものに変わっていく。
そしてついにジェシカの口がわずかに開いたその時……
「発言させていただいてよろしいでしょうか?」
その機先を制し、発言したのはレジーナだった。
まだ十代の中盤と思われる少女にしか見えないレジーナが、この緊張感の中で言葉を発したことにジェシカは興味をひかれる。
わずかに乗り出していた体を元の状態に戻したジェシカは、まじまじとレジーナを見つめた。
「なんだ?」
「あまり師匠を追い詰めないでください。ただでさえひどい人見知りなんです。ここに来るのでさえ散々嫌がっていたのをなんとか説得してきたんですから」
レジーナに告げられたあまりな内容を確認するようにジェシカが視線をトールに向ける。
するとトールは壊れた人形のようにこくこくと何度も首を縦に振ってそれを肯定していた。そしてその視線はずっと床を見つめており、ジェシカをあからさまに避けていた。
「師匠は人見知りすぎて森の奥で生活していたらしいです。でもモンスターが増えてきて逃げだして、避難した先の街でなんとか仕事をしようとしたけれどやっぱり人が怖くて、野垂れ死にそうになっていたところをジフンさんに拾われたんです。あっ、ちなみに見つけたのは私です」
すらすらと話し続けるレジーナと、それにこくこくとうなずくだけのトール。
そんな2人の様子に、ジェシカの目からだんだんと力が抜けていく。
「あのとき師匠はたしか魔法で造ったレンガを売ろうとしてたんですよね。通りの隅っこでうずくまって、誰にも声をかけないから見向きもされてませんでしたけど」
「うっ」
「その恩があるから、師匠はここで働いているんです。というか他の場所で働けるとは思えません。たしかに優秀な魔法使いかもしれませんけど……軍で雇おうと思いますか?」
苦笑いしながら問われたジェシカが、プルプルと震えるトールを見つめ首を横に振る。
たしかにトールの魔法の実力は、第三方面軍に所属する魔法使いと比べても突出している可能性が高い。
工兵として使えるのなら戦術の幅は確実に広がるだろう。だがこの臆病さ、そして人見知りでは使えるはずがない。
「無理だな」
「ですよね。あっ、ちなみにこの服は私が暇つぶしに縫ったものなのでデリク王国とは関係が……うーん、でも母に服の縫い方は教えてもらったので、もしかしたら祖先がデリク王国に住んでいた可能性はありますね。縫う糸と布をいただければ後で作りますけど」
「わかった。レイ」
「はっ!」
「縫う糸と布をすぐに用意しろ。なるべく珍しく、他国では手に入れづらい物をな」
「承知しました。失礼いたします」
後ろに控えていた軍服の騎士の1人が、ジェシカの命を受け即座に部屋から出ていった。
それを見送り、視線を戻したジェシカはレジーナの顔をまじまじと見つめる。
「私の圧を受けても気負いもせぬとは、お前もなかなかの曲者だな」
「師匠がよく怖い人に絡まれるので、度胸だけはついちゃったんですよね」
「ふんっ、食えない奴だ」
少しだけジェシカは頬を緩め、そして再度引き締めると最後に残ったウィルに視線を向ける。
「ウィルと言ったな」
「ああ」
「お前が周辺の安全を確保していると聞いている」
「そうだな」
「その装備を見れば、いやその顔つきを見るだけでお前が実力者であるのはわかる。何者だ?」
これまでの3人とは比べ物にならないほどの圧がジェシカから放たれる。
隣にいる領主のエドワードが思わずのけぞるほどのそれを、ウィルはただのそよ風のように受け流していた。
「俺は俺でしかない。どこかに属することもない。ここにいるのは以前ランディに恩を受けたからだ」
「ほう、どういうことかな。筆頭守護騎士殿?」
「いえ、私としては特に恩に感じていただくようなことはしていないとは思うのですが……」
ジェシカに視線を向けられ、少し困ったようにランディが頬をかく。
そんな様子を見ていたウィルがジェシカに告げる。
「かつて獣人の友が言っていた。戦えば相手のことがわかると。俺は多くを語る言葉を持たない。俺が知りたいのであれば、まどろっこしい言葉などではなく……」
「つまり戦えということだな。面白い。軍内の同じ相手ばかりでは訓練にならないと思っていたところだ。訓練場に行くぞ。戦いの中で帝国軍の強さを知るといい」
ウィルの提案にジェシカが応じ、それに呼応するように軍服の騎士たちから圧が放たれる。
まるで暴風のようなそれらを背中に受けながら、ジェシカはゆうゆうと立ち上がりウィルを値踏みするかのように眺めたのだった。
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