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姫と魔王と守護の龍  作者: ジルコ
第2章 魔人と踊る

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第5話 砦の完成

 セイナット帝国、第三方面軍。

 それは、帝国南部を活動範囲とする皇帝直轄の騎士や兵士たちで構成された先頭集団である。

 帝都周辺や北部に比べ、元々モンスターの出現が多い南部地域においては、その間引きも任務の1つであった。


 そんな彼らを表す言葉としてふさわしいのは質実剛健。

 第三方面軍騎士団長の元、日々鍛錬を続けて己を磨き続ける彼らは、まぎれもなくこの大陸でも有数の武力を誇る集団だった。

 彼らは緩むことがない。その背に多くの帝国民の命を背負っていることを知っているから。己の力不足が、それをあっさりと奪っていくことを知っているから。


「やめ!」


 訓練場に響き渡る凛とした声に、鍛錬を続けていた騎士たちが動きを止める。

 動き続けた騎士の体は熱く、その汗がかげろうのようにゆらゆらと風景を歪めていた。

 いくつもの打ち身にも、ぽたぽたと落ちていく赤い血にも構うことなく彼らはその声の主に注目を続ける。


 軍服の上に動きやすい軽鎧を身に着け、トレードマークとも言える赤いマントをなびかせながら、彼女は兵士たちの間を通り抜けていく。

 冷静で意志の強さを感じさせる瞳を屈強な部下たちに向け、カツカツという彼女が歩く音以外は聞こえないその光景は、誰がここの支配者であるかを如実に示していた。


 予備動作もなくふわりと飛び上がり、彼女は訓練場の監視台の上で騎士たちをへいげいする。

 過去の戦闘により三筋の大きな傷跡が残り、それでも美しいと言わざるを得ない彼女の顔に浮かんでいるのは、厳格な軍人のそれであった。

 その薄い唇が開くのを、騎士たちは微動だにせずに待ち続ける。


「屈強たる我が騎士たちよ。陛下から正式に国境防衛の命令がなされた。今、この時をもって我が軍は南部地域の統括の任を解かれる」


 騎士たちに驚きはない。騎士団長が帝都に呼び戻された段階で、おそらくそうなるであろうと誰しもが予想していたからだ。


「この地の統括は新規に編成された第五方面軍が引き継ぐ。ルーク」

「はっ!」


 彼女の呼びかけに1人の男性騎士が即応する。

 その騎士、ルークは第三方面軍の副隊長の1人だ。主に都市間の調整、査察などを管轄する部隊をとりまとめており、にこやかな笑みを絶やさないその姿は温和な雰囲気を他者に印象付けるが、その中には鋼のような意思を宿している。


「お前たちの部隊を第五方面軍に移す。帝都のひよっこ共を1年で使えるようにしろ」

「はっ!」


 ルークの返事に迷いなど1つもない。

 たとえ心の内が、置いていかれることへの悔しさに満ちていたとしても、彼女の命令は絶対なのだ。

 その表情を変えぬまま、わずかに拳を震わせるルークに、彼女はニヤリとした笑みを浮かべてみせる。


「聞いていたか。1年だ。それ以上は待たんぞ」

「それは……」

「お前がおらんと、面倒な書類仕事が溜まって仕方がない。我が軍を去ることができるのは皇帝陛下の命か死ぬ時だけだということを忘れるな」

「はっ!」


 先ほどとは違い、喜びを我慢するために拳を震わせながらルークはその命令を受諾する。

 それに満足げにうなずき、彼女は視線を全ての騎士たちに向けた。


「それ以外の騎士たちは、部隊に指示を出し早急に移動の準備を始めろ。目的地はチルン南方に新造された砦だ」

「「「はっ!」」」


 その乱れ一つない返事を聞いた彼女は、最後に瞳を鋭くし彼らに告げる。


「その先にはヘイシアがある。あの時の屈辱を忘れるな。以上だ」


 それだけを言い残し、彼女、第三方面軍騎士団長ジェシカ・デ・ベネットは監視台から飛び降り、その赤い髪とマントをなびかせながら去っていく。

 その後に残されたのは、爆発寸前の熱いマグマのように心を煮えたぎらせる大勢の騎士たちだった。





 砦の建築が始まってからはや1年。

 不足することなく供給され続ける強固な建材、使命感と技術をもった職人たちの奮闘、そしてチルンからの厚い支援により荒れ果てた訓練場跡地だったそこには堅牢な砦が出来上がっていた。


 予定工期よりも3月も早く砦の建築は完了しており、その建築に関わった職人たちの多くは既にこの地を離れている。

 だがこの場所には未だ100名以上の人々が建築を続けていた。

 彼らが造り続けているのは砦ではなく、国境を図示するかのように築かれる防壁。建材の余りの再利用という建前で造られた国を守るための盾だった。


 そんな防壁のそばで、20名あまりの職人たちが誇らしげで、そして少し残念そうな表情を浮かべながらそれを見上げていた。

 驚異的なスピードで建造され、既に見渡す範囲まで伸びた防壁が果たす役割を彼らは知っている。

 そしてそれがまだ完成には程遠いことも。


「ほれっ、お前ら。さっさと帰れ」

「ジフンさん」


 名残惜しそうに防壁を見つめ続ける彼らに、ドワーフのジフンがいつものような気楽さで声をかける。

 鍛冶や建築などを得意とするドワーフではあるが、ジフンの技術は他の職人たちに比べ突出しているようなことはなかった。

 だがそれでも誰よりも働き、建築の先頭に立ち続けたジフンに彼らは一目置いていたのだ。


「お前さんらの雇用はもともと1年の契約だ。それにあんまり家を離れていると、嫁さんに愛想を尽かされるぞ」

「それはジフンさんたちも同じでしょう?」

「俺たちゃ、遊びに来てるだけだからな。所帯もっとる奴ぁ一緒におるし、何の問題もないわい」


 髭をさすりながら当然のように言い放つジフンに、問い返したシドニーが相好を崩す。

 自分たちがいなくなった後も、彼らは変わらず防壁を造り続けるのだろう。

 久しぶりに家族の元に帰ることができる喜びはあるものの、シドニーの心の内にはまだここで働き続けたいという気持ちも強く残っていた。

 そしてそれは、わざわざ砦の完成後にここに残った他の職人たちも同様だ。


 もしジフンが残ってほしいと言えば、彼らは喜んでここに残ることを決めただろう。

 砦の外に建てられた元々は職人たちが過ごすための家々は、モンスターとの戦いの最前線というリスクと商機を天秤にかけ、商機をとった商人たちに再利用され、ちょっとした町が出来上がりつつある。

 現在はまだ管理のために派遣された騎士たちのみしか砦にはいないが、本隊が居を置くようになればその町も規模を拡大していく。

 つまり仕事はあり、生活する基礎も出来上がっているのだ。


「ほれっ、護衛してくれる兵士をあんまり待たすでないわい。じゃあの」


 砦の建築に貢献した彼らを故郷に送り届けるために、チルンの領主は幾人かの兵士を護衛につかせたのだ。

 そんな彼らはシドニーたちの別れを待つため、少し離れた場所で待機している。

 普通ならただの職人を兵士に送り届けさせることなどない。ここに来ること、そして帰ることも支払われた報酬の中に入っているからだ。

 あったとしても冒険者に護衛させる程度であろう。


 それなのにチルンの領主はわざわざ信頼のおける部下に彼らの帰郷の護衛を任せた。

 それほどまでに彼らの働きは素晴らしいものであり、それを高く領主が評価し、そしてそれに報いたいと考えた結果として報酬とは別に彼らに与えられたものだった。


 ジフンはそれだけ言い残すと、彼らに背を向け防壁に向かって歩き始める。

 目に見えるよりはるかに大きな男の背中をシドニーたちは見送り、そして誰ともなく体の向きを変え兵士たちの元へ向かっていく。


 最後までその場に残り続けたシドニーだったが、大きく息を吐いて防壁に背を向ける。

 そして後ろを振り返ることすらなく


「いつか、家族を説得してここに戻ってきます。その時は私を雇ってくださいよ、ジフンさん」


 そう言い残し、胸に秘めた決意と共にシドニーは家族の待つ場所へと一歩踏み出したのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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