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姫と魔王と守護の龍  作者: ジルコ
第2章 魔人と踊る

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第4話 本当に望むものは

 レジーナとランディが再会してから1週間後、チルンの領主は正式に砦の建造を決定した。

 だが領主が決定したからと言って、すぐに建造に取り掛かれるわけではない。

 砦のような大規模な軍事施設の建設のためには帝国中央への申請、そして許可という過程を経る必要があり、それだけでも1か月の月日が経過してしまった。


 許可が下りればすぐに建築に入ることができるかといえばそうではない。

 帝国から建設費の補助が3分の2出されることが決定したため、チルンの財政状況を鑑みて規模を決定。

 そして砦に常駐することになる第三方面軍からの要望などを含めて設計が完了したのは、2人の再会から3か月後のことだった。


 魔王によって強化されたモンスターの軍勢に対抗するための砦。

 それは帝国を守る新たな盾となるべき場所であり、その建築に携わるために各地から多くの職人たちが動員された。


 国を挙げての一大事業に携わることになる彼らの顔は誇らしげだ。チルンよりも北に住む彼らにとって、これは己の故郷を守るための仕事でもある。

 これまで培ってきた技術の粋を集め、強固な盾となる砦を建築しようとしていたのだが……


「なんじゃ、こりゃ」


 やってきた彼らは目の前にそびえる壁を見上げ、ぽかんと呆けてしまう。

 10メートルはあろうかという巨大な石積みの壁の上で、彼らと同じような服を着た者たちがせわしなく動き回っていた。


「おう、あんたら砦の建築に来た職人だな」

「あっ、ああ」


 突然声を掛けられ振り返った職人は誰もいないことに一瞬首をひねったが、すぐに視界の下にいるドワーフの男に気づく。

 身長は100センチほどしかないが、その筋肉質な四角い体からは圧が放たれており、鋭い目つきは職人特有の厳しさを感じさせた。

 見習い時代に感じた親方の怖さを思い出し、自然と背筋を伸ばした職人にドワーフが告げる。


「おりゃあ、ジフンっちゅうもんだ。そこらにいる職人らの指揮をとっとる」

「ああ、どうも。私はシドニーです。お見知りおきを」


 シドニーが差し出した手を、ジフンががっちりと握る。

 力は入れられていないものの、ごつごつとしたジフンの手からは己の技術への自信のようなものが感じられた。

 きっとこの人の下で砦の建設をすることになるんだろう、とシドニーは考えていたのだが……


「砦の建築はあっちだ。あの建材が山になっとるあたりだな」


 ジフンの指をシドニーが追うと、たしかにその方向には山のような建材が置かれている場所があった。

 そこには多くの人々がおり、砦の外壁の基礎が出来上がろうとしている様子が見て取れる。

 仮住まいのためか、いくつもの家々が建てられておりジフンの言葉に間違いはなさそうだった。


「あの、ジフンさん。砦をあそこで造っているのはわかりました。では、あなた方が造っているこれはなんなのですか?」

「俺たちゃ、なにも造っちゃいねえよ。ただ馬鹿魔法使いが建材をほいほい作りやがるから邪魔にならねぇように積んでるだけだ」

「積んでるって、これは明らかに……」


 シドニーの目から見て、この壁は外敵の侵入を阻止する防壁であることは明らかだった。

 ジフンの言葉が偽りであることは確かだ。しかしそんなことをする理由がシドニーにはわからない。

 首をひねるシドニーの胸をドンと叩き、ジフンはニヤリと笑う。


「砦だけじゃあ迂回されたら終わりだろ。うちの魔法使いはちゃんと雇われとるが、俺たちゃ、そいつの面倒見ついでに遊びにきとるだけだからよ。何しようが勝手ってことよ」


 くしくしと鼻の下を指でこすり笑ってみせたジフンの姿に、シドニーはその意図を理解する。

 はっきり言ってジフンの考えは無茶苦茶だ。

 ジフンは暗に言っているのだ。砦を迂回されないようにこの壁を伸ばし帝国を守るのだと。


 これまでのシドニーの職人の経験からして、ありえないと断言できる無謀な計画である。

 砦を造るだけでもかなりの期間を要するのは間違いない。街を作るとなれば下手をすれば十年を超える歳月が必要になることもある。

 国家事業として多くの人員を動員しているこの砦でさえ、1年はかかるだろうと誰しもが思っているのだ。


 それにここ以南の街々は既にモンスターの侵攻によって滅んでいる。つまりこの現場は、この国において最も危険な場所と言っても過言ではなかった。

 シドニーも、故郷の家族とは二度と会えないかもしれないという覚悟を持ってここにやってきた。


 そんな危険な場所で、果てしない時間がかかるであろう壁を建築し続ける。

 それは無謀を通り越して、正気の沙汰とは思えない行動だ。

 だが、ジフンの顔には自信が満ち溢れており、それを成すことにわずかな疑いも持っているようには見えない。

 なぜかシドニーにはそれがまぶしく感じられた。


「もし……」

「んっ?」

「もし、砦の建設が終わって、その時にまだ建材が余っているようなら片づけを手伝いましょうか?」


 その申し出に、ジフンは少し驚いたように口を開ける。

 そしてニカッと男くさい笑みを浮かべると


「ああ。俺たちより早く砦を完成できるならな」


 と返事をしたジフンはシドニーに向けて手を差し出し、2人はがっちりと握手を交わしたのだった。





 ジフンたちが立てている防壁の上に腰掛けながら、レジーナは眼下で進む工事を眺めていた。

 その黒髪をゆったりとした風が揺らしていく光景は、ゆっくりと進んでいく時間を表しているかのようだ。

 その背後には全身鎧を着こんだウィルが仁王立ちしている。


「大丈夫か?」

「うむ。この程度であれば問題はない。面倒なのは面倒じゃがな」


 わずかに心配そうな色を声に含ませるウィルに、レジーナは振り返ることすらせずにそう返した。

 普段であればありえない姿に、ウィルは小さくうなる。


 正直に言ってしまえば、今のレジーナにそこまで余裕はなかった。

 死者を疑似的に蘇らせる魔法はかなり高難度であるが、ただ動くようにするだけであれば、レジーナにそこまでの負担はない。

 だがそれではゾンビもどきの人間が出来上がるだけであり、単純な命令をこなすことはできても応用は全く効かないのだ。


 今レジーナは、80人の盗賊全員が普通の人だと見えるように維持し続けている。

 それはいかに魔法に精通したレジーナであろうとも、大きな負担であることに変わりはない。

 それに加えて、魔法使いの男が造っている建材についても同時に魔法を行使して作り続けているのだ。


 もしレジーナが生きていれば、冷や汗の一つでも流していたかもしれない。それほどのことだった。

 そしてそのことがウィルには不可思議に映った。


「なぜそこまで無茶をする? ランディの依頼は砦を造ることだろう?」

「ウィルにはそう聞こえたか? ならもっと人について知るべきじゃな」

「どういうことだ?」


 レジーナに近づき、ウィルがその隣に立つ。

 手を伸ばせばその鎧に触れる距離にいるウィルにちらりと視線を向け、レジーナはわずかにほほ笑んだ。


「ランディが砦を造ろうと考えたのは、チルンの街に住む人々を守りたいと思ったからじゃ。筆頭守護騎士としての役目を果たす、ということもあるのじゃろうが、単純にあの街が好きなんじゃろ」

「そうかもしれないな」


 久々に会ったランディが男になっており少し驚いたウィルだったが、それでも少し話せばその性根が依然と変わりないことはわかった。

 どこまでも優しく、公平な目を持ち、その力を他人のために使うことに躊躇しない。

 自らの不遇を憂うよりも、誰かのために前に進む強さを持った素晴らしい人間。

 それがウィルのランディに対する評価だ。


「おそらくレミの遺志を継いでおるからじゃろうな。あやつは人を守ることに執着しておる」

「執着、か」


 その言葉に違和感を覚えながらも、ウィルはそれを問おうとはしなかった。

 その言葉を発した目の前にいる人物こそ、執着の果てのような存在であり、彼女にとってそれは自然な言葉だと考えたからだ。

 2人の間を一陣の風が通り過ぎていく。黒髪をなびかせながら、レジーナはしばしランディのいるチルンの街のある方角に視線を向けた。


「それに、あやつを驚かせると面白いからのぅ」

「そうか」


 そう言ってレジーナはふっ、と笑みを浮かべてウィルを見上げる。

 その言葉の裏にあるレジーナが本当に見たい表情を知っているウィルは、軽くレジーナの頭を撫でると元の位置に戻っていったのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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