第3話 砦の作り手たち
チルンの街から南方に進むこと約5キロメートル。
ヘイシアの街が滅亡したことで人通りの全くない街道をレジーナはウィルを連れて歩き、たどり着いたその場所には人工的に作られた平地が広がっていた。
ここはかつてチルンの騎士や兵たちの訓練場の1つであったのだが、ヘイシアの滅亡により安全を維持できなくなったために放棄された場所だ。
以前はおそらく土が露出していたであろう名残を残しつつも、その大部分は草が繁茂しており、わずかに残る朽ちた木製人形などがその残滓を感じさせた。
「なあ、俺が来る意味はあったのか?」
「死ぬまで付き合うと約束したのはウィルじゃろ? 今世のランディがわざわざ我らに依頼してきたのじゃ。力を尽くさぬのはちがうのではないのかのぅ?」
「むう」
レジーナの正論に、ウィルは思わず押し黙る。
たしかに約束を果たす、ということはウィルにとって重要なことである。ランディの依頼であれば受けてやりたいとは思うのだが……
「俺に創造は無理だ。破壊ならともかくな」
「まあウィルはそうじゃろうな。だから我も砦の建築を手伝えとは言っておらんじゃろう? この周辺にはモンスターが増えておるから、そいつらが邪魔せんように狩ればいいのじゃ」
「わかった」
ほれっ、と首を曲げたレジーナの視線を追えば、数体のホブゴブリンがこちらをうかがうようにして立っていた。
ホブゴブリンは人型のモンスターであり、道具を装備し、簡易な罠まではる、そこまで強くはないが面倒くさいモンスターだ。
あれだけあからさまに姿を見せながら、襲い掛かりもせず、逃げもしないところを見ると、どこか罠に誘い込もうとしているのだろうとウィルには予想がついた。
だが、あえてウィルはそちらの方向へ一歩踏み出す。
「では軽く掃除をしてくる。こちらは任せていいな」
「誰に向かって言っておるんじゃ。それよりウィル、あまり装備を汚すでないぞ」
「ああ」
大地を蹴り上げ、全身鎧とは思えぬ速度でホブゴブリンに向けてウィルが駆けだす。
その背中はぐんぐん小さくなっていき、慌てた様子のホブゴブリンたちは脱兎のごとく逃げだしていった。
ホブゴブリンたちが逃げていった先には小さな林があり、そこにはゴブリンやホブゴブリンたちが待ち伏せしていることをレジーナは感知している。
だがその程度であれば、ウィルにとって軽い運動のようなものであるため、レジーナは何も伝えなかった。
「さて、ウィルも仕事に向かったことじゃし、我も仕事をするかのぅ」
レジーナは軽くうなずくと、目の前の宙に開いた異空間への入り口に手を突っ込む。
そしてそこから次々と自分の体よりも大きななにかを取り出していった。
薄汚れた衣服を黒い染みでさらに汚くし、しわの寄ったそれらを身に着けた大勢の男と6人の女。
もはや息をしていない彼らは、つい先日レジーナが壊滅させた盗賊団の一味だった。
その数、なんと80名。
これまでレジーナが捕まえてきた中で最も大人数であり、お宝もたんまりと持っていた大当たりの盗賊たちである。
「この規模で行使するのは久しぶりじゃな」
レジーナが並べられた盗賊の死体の前に立ち、大きく息を吐く。
殺された後土の中に埋められ若干腐り始めていた彼らだったが、昨日レジーナによって掘り起こされ、その姿は生前のときと遜色ないほどに修復されている。
今からレジーナが行使するのは、その体に仮初めの生を与える魔法。もし人に知られれば糾弾を免れない禁術。
そしてそれを使いこなすことができるのは、レジーナの他にただ1名のみという幻の魔法だった。
久しぶりに真剣な表情になったレジーナが、その瞳をカッと開く。
「目覚めよ死者共。罪人に安息の眠りなど必要ないだろう」
それは魔法の詠唱ではない。だがその言葉に従うように、地面に倒れ伏していた盗賊の死体は命を吹き込まれたかのように動き出した。
冷え切って強張っていた体が、温かさによって動きやすくなっていくように徐々に滑らかに彼らは動き続け、そしてレジーナの前に一列に並ぶ。
うつろだった目が自分に向けて完全に焦点を合わせたことを確認したレジーナは、異空間へ再び手を入れると大きな布袋を彼らの前に捨てるように置く。
「今の衣服を脱ぎ捨て、着替えるのじゃ。お主らにはこれから砦の建築の指揮をとってもらうからのぅ。なに、生前散々人に迷惑をかけてきたんじゃ。その罪滅ぼしができるなんて最高じゃろう?」
「ああ」
「全体の統括は頭に、建築指揮はドワーフのお主がよいじゃろう。そうそう、魔法使いには我の身代わりになってもらうからのぅ」
てきぱきと飛ばされるレジーナの指揮に従って、元盗賊たちは行動を開始する。
彼らの死体を回収がてら、いくつかの街に寄ってレジーナは職人が着ているような衣服や使用する道具などを購入していた。
袋に入れられたそれらを取り出し、恥じる様子も見せずに裸になってから着替えを終えた彼らの姿を眺め、レジーナは少し首をひねる。
「職人、に見えなくはないがのぅ」
大規模な盗賊団で、それなりにいい生活をしていた彼らの体は健康的であり、そのガタイの良さもあいまって真実味を増していた。
しかし他人と接しないという環境のせいか、その身だしなみには多分に粗野な部分があり、男など無精ひげの生えていない者がいないありさまである。
何人かはそんな者がいてもいいかもしれないが、さすがに全員がそうというのは不自然過ぎた。
「仕方ないのぅ。とりあえず温泉でも湧かせて、小綺麗にさせるのじゃ」
ため息を吐いたレジーナは、とんとん、と足を踏み鳴らして地中を探索すると、発見した水脈まで一気に地面を掘り進める。
そして十数メートルの縦穴からレジーナは水を導くと同時に、その先の大地に10メートル四方のくぼみを造ってその壁を固めた。
「これだけ用意してやれば、他の魔法使いでも使えるようになるじゃろ」
導いた水の温度を調節してくぼみの中に注ぎながら、レジーナは縦穴の補強、お湯を浴びるときに使うための桶の作成など、魔法を同時並行で使用していく。
それは一般の魔法使いが見れば卒倒しそうなほどの妙技ではあるのだが、いかんせん目撃したのは既に死した彼らだけだった。
「ほれっ、さっさと湯に入って身ぎれいにするのじゃ。髪や髭の手入れもせよ」
溜まったお湯の中に入りレジーナの命令を忠実にこなしていく彼らと、それによって思いっきり汚れていく湯を眺めながらレジーナはぽつりと呟く。
「なんで我はこんなことをしておるんじゃろうな」
レジーナが本気になれば、砦などすぐに出来上がってしまう。もちろんしっかりした職人が造った物には劣るが、それなりの品質のものならば可能なのだ。
だがあえてレジーナはその選択をしなかった。
わざわざそうしたのは、もちろん理由があってのことだ。その答えをレジーナは知っている。自分のことなのだから当たり前だが。
ふぅ、とため息を吐き、レジーナは彼方にある林に少し目をやる。
そこに大量にあったはずの気配はすでに半数がなくなり、今もなお数を急激に減らしている。
きっとウィルが罠など知ったことかと、暴れているのだろう。
「まあ、時間はあるしのぅ」
汚れたお湯を魔法で入れ替えながらレジーナはそう呟くと、彼らが職人らしくなっていく姿をぼーっとしながら眺め続けたのだった。
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