第2話 ランディの依頼
チルンの大通りを2人は並んで歩いていた。近くに良質な粘土層のあるこの街では、多くの建物はレンガで作られている。
綺麗に区画を整理され、赤茶のレンガで統一された建物が並ぶ光景は美しく、他の街からやって来た者の目を惹きつけてやまないほどの魅力を誇っていた。
「それにしても男になったのじゃな? えーっと……」
「今の名はランディだよ。正確に言えば前世も男だったんだけど、その時は大変だったよ。何から何まで違うからさ」
ははっ、と乾いた笑いを漏らすその姿からはその当時のランディの戸惑いが見え隠れしていた。
たしかにレジーナとして生を受け、ローザ、ピアとずっと女として暮らしてきたランディにとって男としての暮らしは別物であったのだろうことは想像に難くない。
そんな姿を見てみたかった、という残念な気持ちを抱きながら、レジーナは周囲の人々から、特に女性から集まる視線を感じていた。
「ずいぶん好かれておるようじゃな?」
「そうかな。私はこの街の筆頭守護騎士だからね。よく声はかけてもらえるけど」
少し困ったように笑うランディを見上げ、レジーナはその容姿を観察する。
すらりとした、だが鍛えられていることがわかるしなやかな肉体。さらりと流れる銀髪は光を反射し絹のような輝きを放っている。
切れ長の目は好みがわかれるところだろうが、この温和な話口調とのギャップにぐっとくる者は少なくないだろう。
レジーナの評価としては、上の中。上の上には1人しかいないことを考えると最高級の評価であった。
レジーナが幼い少女のように見えることもあいまって敵意は向かってこないが、これが妙齢の女であれば確実に嫉妬の視線で串刺しになっていただろうことは予想に難くない。
だというのに、ランディの反応を考えると全く気付いているような様子はなかった。
「ちなみに前世でランディは結婚していたのかのぅ?」
「いや、前世は薬師の家庭に生まれて、研究が面白くて熱中してたらおじいさんになってたよ。レミ母さんの墓参りには行きたかったんだけど、北の端だったから遠すぎて」
「そうか」
そう短く答えて、レジーナは思案する。
これまでのランディの人生を考えると、まともな恋愛をした経験はあまりない。
レジーナの時は山奥の隔離された村で腫れ物のように扱われており、ローザのときは半ば利害を考えたうえでの婚姻。ピアのときは、話はあったが商会の拡大に精力を注いでそれどころではなく、そして前世では研究一筋。
周囲の様子を見れば、それが純粋な好意から来る視線であることはわかる。
だがその意味をランディが本当に理解しているか、レジーナは疑問だった。
とはいえ……
「まあ、我が心配することでもないからのぅ。各々の頑張りに期待じゃな」
「んっ、なにが?」
「なんでもないのじゃ。それで筆頭守護騎士とは何をしておるんじゃ?」
「その名の通り、街を守護する騎士のとりまとめだね」
「騎士団長ではないのか?」
レジーナの疑問に、「うーん」とランディは少し言葉を選びながら説明を始める。
「ほら、この国って他国を侵略して併合して大きくなっていったでしょ」
「らしいの」
「で、その時に統治する人を全て本国から送るのって現実的じゃないでしょ。そんな優秀な人材がぽんぽんいるわけないし」
「じゃろうな」
「だからトップやその周辺は本国から送るんだけど、他の統治とかは基本的にもともと治めていた国の人にさせてるんだ。その方が反発が少ないしね」
わかりやすいように順序だてて話してくれるランディの説明を、首を縦に振ってレジーナは聞く。
確かに元の国の者を使った統治には合理的な部分がある。特に併合直後は反発も起きやすいだろう。そんなときに見知った顔がいれば、その刃を向けにくくなるのは人の性だ。
逆に言えば反乱の芽を残したまま維持するということにも繋がりかねないが、それを加味した上での方針ということなのだろう、とレジーナは推測した。
「そしてその中で問題になってくるのが武力の保持だよね。街の治安維持、外敵からの防衛のためには力がいる。だけどその力が自分たちに向けられてはたまらない。そういった事情から生まれたのが筆頭守護騎士という役割なんだ」
「というと?」
「筆頭守護騎士にできるのは、この街の治安維持、防衛に関する指揮のみ。それ以外のことについては、この地域を管轄する第三方面軍が指揮をとることになる。ちなみに他の街と独自に交流を持つことも禁止されているね。もちろん第三方面軍を含めた合同訓練とかはあるけど」
「街ごとに隔離し、縁を切らせ、本国の軍が間に入ることで連携は維持するということじゃな。口で言うのは簡単じゃが、なかなかに面倒そうな仕組みじゃ」
「そうだね」
実際に筆頭守護騎士に任じられ、その面倒くささを実感しているランディの言葉には、しみじみとした重みが伴っていた。
本国に疑われることのないように報告書や折衝が必要であり、騎士や兵士の装備品の購入についても制限がかかっているため、その調整も筆頭守護騎士の役割の1つになっている。
筆頭守護騎士は単純に武力だけでなく、折衝力や細やかな事務処理能力が必要となる難しい役割なのだ。
前世での経験を持つランディだからこそ片手間で終わらせて今日のように休養もとることができているが、他の街の役職者はたいてい体を壊すなどして5年もつかもたないかで根をあげてしまう程度には激務であった。
「それで、なにか困ったことなどはあるのかのぅ?」
「うーん、そうだね。ここから南にあるヘイシアって街が壊滅したのは知ってる?」
「うむ」
「その関係で、今はここが最前線なんだ。本国としてはこれ以上の侵攻はどうしても防ぎたいってことで第三方面軍を常駐させるって案が出ている。でも正直なところこの街にそれを受け入れるだけの余裕はない。一時的になら問題ないんだけどね」
首を左右に振って街並みを眺めるランディに習い、レジーナも周囲を確認する。
レジーナが上空から確認したときにも思ったことだが、この街は非常に綺麗に区画分けされている。
最近建てられた、もしくは破壊された後整理されたのだろうという予想がつく造りだった。
歴史のある街であればつきものの、スラムのようなごちゃっとした区画はほぼ確認できず、わずかなその場所を潰したとしても周辺の街々を監視できるほどの戦力を持った軍勢を常駐させるには無理がある。
最悪、民衆に割を食わせることになるだろうが、ランディはそんなことをさせたくはなかった。
「前にレジーナって暇つぶしに村を造っていたでしょ」
「そうじゃな。この前釣れた盗賊はなかなかのものじゃった。ドワーフの戦士に、人間の魔法使いもおったしのぅ」
「まだ続けてたんだ。まあいいや。で、ものは相談なんだけど、今度は街、というか砦を造れないかな? 第三方面軍を常駐させるための準備金が支給されているからそこから報酬は払えると思う」
「それ、筆頭守護騎士の権限かのぅ?」
「まあ領主様の相談役みたいなこともしているから、私」
さらっとこの街の決定権を半ば掌握していることを告げてくるランディに苦笑を返しながら、レジーナはこくりとその首を縦に振り
「ああ、1つ追加してほしい報酬があるのじゃが……」
と言って告げた報酬をランディが快諾したことにより、レジーナは砦の建設を請け負うことを決めたのだった。
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