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姫と魔王と守護の龍  作者: ジルコ
第2章 魔人と踊る

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第1話 嗜好品を探して

あけましておめでとうございます。

 バサッ、バサッと大きな音と風を残し緑の鱗で覆われたウインドドラゴンが空へと飛び上がっていく。

 上空でくるりと1回転して去っていったナムヴァを見送り、その食べ残しであるクラーケンの切れ端を見つめレジーナはため息を吐く。


「あやつ、年々ずうずうしくなっているような気がするんじゃが、どうにかならんのか、ウィル?」

「安易に約束したお前が悪い。中級とは言えドラゴンの寿命はそれなりに長いと知っていただろう」

「いや、それはそうじゃが、約束したのはやって来たあ奴を腹いっぱい食べさせる、ということだけじゃぞ。それをやれ、ドラゴンは飽きたじゃの、海産物が食べたいじゃの、もう一度しめたほうがよいかのう?」


 レジーナが視線を落とし、仲良さそうに2つ並んだ墓標に視線を向ける。

 それはもともとここにあったレミの墓と、そしてこの地で生涯を終えたピアの墓だった。


 ナムヴァ運輸商会を軌道に乗せ、そして後継に託したピアは残りの人生を穏やかに過ごすことを決め、レジーナとウィルと共にここに定住したのだ。

 血のつながった家族がいれば違ったのかもしれないが、ピアはその生涯を商会の発展のために捧げ、新たな家族を築くことを選択しなかった。

 そして肉親は奴隷狩りに捕まって以降再開できず、仲間はおれどピアは独りぼっちだったのだ。


 なによりピアの後継としてその地位を継いだカルロはよくやっていたが、ドラゴンを駆り、圧倒的なカリスマを持つピアが残っていることで商会内でピア派、カルロ派という派閥ができ始めてしまった。

 派閥の対立が招く危険性をピアは十分に知り尽くしており、それを防ぐためにもその身を隠したのだ。


 ここに来てからのピアの生活は穏やかなものだった。ただの村人のように畑を耕し、時に狩りをし、たまにはその姿を隠して街に出て買い物をしたり。

 1年に1度だけ会いにやってくるナムヴァと空の旅をすることを楽しみに、ピアは75歳まで生きた。

 そして死ぬ間際のピアとレジーナは約束したのだ。もしナムヴァがこれからもやってくるようであれば、お腹いっぱいご飯を食べさせてあげると。


「もう70年じゃぞ。飼いドラゴンの世話は自分でするもんじゃろ」

「転生という奇跡を2度も引き起こしたのだ。もう眠らせてやれ」

「それは我の決めることではないからのぅ。なぁ、ピア」


 レミよりもひと回り小さく作られたピアの墓標に向け、レジーナがぼやく。

 ナムヴァはやってくると必ずピアの墓の前で顔を伏せ、半日以上そのまま動かない。

 その姿はまるで主が返ってくるのをじっと待っているようにも見える行動だった。それがあるからこそ、レジーナはナムヴァのわがままにも愚痴を言いながら付き合っているのだ。


「まあいつか来るじゃろ。自分の墓の掃除をしにのぅ」

「ふっ、だといいがな」


 久しぶりにナムヴァが来たことで動いていたウィルが、洞窟前の台座に座りゆっくりと目を閉じる。

 日向ぼっこをしながら再び動かなくなることを知っているレジーナは、その姿を優しく見つめ……


「まあ、ナムヴァも少しは役に立っておるから、しめるのはやめておこうかのぅ」


 そんな風にぽつりと呟いたのだった。





 1年に1度のナムヴァの訪問に対応しながら、墓の管理や暇つぶしを続ける日々はピアが死んでから120年もの間続いた。

 レジーナはときおり嗜好品などを買うために街に出ていたが、いくつかの街はモンスターの侵攻によって滅んだり、そもそも人同士の争いによって衰退したりしていた。


「ヘイシアが潰れておったのは痛いのぅ。あそこの飴はなかなかのものじゃったんじゃが」


 久しぶりに好物の飴を買いにヘイシアという街にレジーナは行ってみたのだが、街は見るも無残な姿に変わり果ててしまっていた。

 火事でも起こったのか、大半の家々は黒焦げになってしまっており、その防壁は半壊している。

 そこにいる生き物はモンスターのみであり、人の姿は影も形もなかった。


 大通りにある1軒の店で作られていた青色の飴をレジーナは気に入っていた。

 代替わりしても味を落とすことなく、さらに美味しくしようと研鑽を続けていた店主が今後どんな飴を作り出していくのかに期待していたのだ。

 だが街が滅んだ今、その店主が生きているのかさえレジーナにはわからない。それでもいちるの望みにかけてヘイシアの北方に位置する直近の街であるチルンの街をレジーナはぶらぶらと歩いていた。


 ヘイシアが滅んだことで、チルンは魔王出現によるモンスターたちとの戦いの最前線になる。

 だが街の人々の顔に悲壮感はなく、レジーナが歩いている大通りも活気に満ちていた。


 デリク王国を東の雄とするのであれば、西の雄として名が挙がるのがチルンのあるセイナット帝国である。

 まだ建国から200年程度と、その歴史は短いが周辺の小国を次々と併合していき、わずか数十年の間にデリク王国と並ぶ一大勢力に成長した勢いのある国だ。


 セイナット帝国を統べるのは皇帝であり、現皇帝は拡大志向であった先代と違い、国内の成長に力を入れていた。

 拡大を諦めているわけではないが、南部にあった国が滅び魔王出現によるモンスターとの戦いの最前線になったことでそちらへと割く余力がなくなったのだ。


 建国以降戦いを続けてきたセイナット帝国において、戦いは日常のことである。

 その相手が人からモンスターに変わっただけ。そんな共通の認識があるからこそ、最前線の街と言えど人々は怯えることなく日々を過ごすことができていた。


「ふむ、やはり店は出ておらんようじゃ。残る可能性としては市くらいかのぅ」


 適当に店で買ったスープや菓子を食べながら通りを歩いていたレジーナだったが、ヘイシアの飴の店を超えるようなものは見つからない。

 そもそも世界各地を飛び回ったレジーナが見つけたとっておきを、早々に超える店があるわけないのだが。


 半ばあきらめながら、レジーナは最後の望みをかけて街の外縁部の広場で行われている市に足を伸ばす。

 そこは資金不足のために店を出すことができない者や、そもそも本業が商人ではない狩人や冒険者などが売り買いをするために設置された場所である。

 たまにレジーナでも面白く思うような珍しい物が売っていたりするため、レジーナは暇つぶしとして寄ることもあるが、そんなことは数十回に1度程度のことだった。


 整った大通りの店々と違い、場所代を払い区画を得るだけの市は統一感が全くない。

 比較的しっかりした屋台を設置している者、荷馬車をそのまま店にしている者、ござの上に商品を置いただけの者。それどころか椅子に座っているだけで、なにを売っているのかわからない者までいた。

 その雑多な雰囲気を楽しみながらきょろきょろと動かしていたピアの視線が止まる。その足は一直線に進んでいった。


「ヘイシアの店主ではないか!?」

「んっ、おお。大量買いの嬢ちゃんじゃないか。生きていたんだな」

「まあの。店主も逃げ延びたようでよかったのぅ」

「店はなくなっちまったけどな」


 ガハハハと笑う店主は、まるで戦士かと思うほど筋骨隆々の体をしている。

 店主の大きな手で頭を荒く撫でられながら、よくこんな感じであの繊細な味が作れるもんじゃと考えるレジーナだったが、その顔には笑みが浮かんでいた。

 この店主が作る飴は、甘いものをあまり好まないウィルも好きなのだ。それだけでレジーナにとってこの店主が生きている価値は大幅に上がる。

 どこかに保護して隠してしまおうか、と本気で検討してしまうほどに。


「それでは飴を……そうじゃな。金貨1枚分頼む」

「あー、売ってやりたいのは山々なんだが、設備も仕入れルートもなくなっちまったから作れる量に限りがあるんだ。今はせいぜい銀貨7枚分ってとこだな」

「ふむ」


 申し訳なさそうにパンっと手を合わせて謝る大男を眺めながら、レジーナは屋台に並べられた飴に目を向ける。

 その青色の飴は、以前のものと遜色ない出来のようにレジーナには見える。だが確かにその量は店に並んでいたときと比べるべくもないほど少なかった。

 レジーナは首を傾げながら少し沈黙し、そして腰に提げた布袋から7枚の白銀に光る貨幣を取り出した。


 セイナット帝国における通貨は、ミスリル貨、金貨、銀貨、銅貨、鉄貨の5種類からなっている。

 鉄貨10枚が銅貨1枚と、銅貨10枚が銀貨1枚と同価値であり、それと同じように10枚単位で上位の硬貨と同価値という基準だった。

 鉄貨1枚でリンゴのような果物であるアプーが1個買え、ミスリル貨5枚あれば家が建てられる程度の価値と考えればわかりやすいだろう。


 無造作に取り出された白銀の貨幣を目にし、店主はピシリと動きを止める。

 そして思わず大きな声が出そうになってしまった自分の口を慌ててふさいだ。


「ばっかやろう。銀貨7枚だって言っただろうが」


 レジーナが見せたミスリル貨が他の者から見えないようないその大きな体で隠しながら、店主がささやく。

 その温かな気遣いに、レジーナはいたずらをする子供のようにその顔に笑みを浮かべ彼を見上げた。


「だから銀貨7枚(・・・・)を払っただけじゃ。早くこの街でも店を出してくれんと我が困るからのぅ」

「嬢ちゃん、あんた、いったい……いや、なにも聞かねぇ。嬢ちゃんの期待に応えてこの恩は返させてもらう」

「うむ。それでいいのじゃ」


 ミスリル貨を懐にしまった店主は、決意に満ちた表情を浮かべ全ての飴を袋に詰めるとそれをレジーナに手渡した。

 ずっしりとした幸せの重みを感じながら、その中の1個をレジーナは口の中に放り込む。

 以前と変わらぬ味に満足しながら、店主に別れを告げたレジーナは足取り軽くその場を去ろうと数歩先に進んだのだが……


「すまない、騎士の旦那。もう今日の飴は売り切れちまって」

「そうなのか」


 背後で聞こえた店主の謝る声に足を止める。

 振り返ると店主と同じくらい背は高いが、すらりとした体型の銀髪の男性騎士が空になった屋台を眺めていた。

 その男は残念そうにしてはいたが、店主に対するいら立ちは見せていない。


 ときに騎士や貴族などはその権力を笠に着て、民衆相手に理不尽を行うことがあることをレジーナは知っていた。

 もしこの騎士がそんな者であれば、レジーナが対処しようと考えていた。だがそんな心配はなさそうだと安心しレジーナが視線をはずそうとしたとき、その視線に気づいた騎士が顔の向きを変え両者の視線があう。


「んっ、レジーナか?」

「もしかしてピアかのぅ?」


 懐かしそうに笑う2人を眺めながら、何事か理解できない店主だけがおろおろと視線をさまよわせていたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

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