第33話 飛んでいった先
デリク王国が存在するこの星最大の大陸マレニア。多少いびつではあるが、横に広いひし形のような形をしたその大陸の最南端。そこは未だかつて人類がたどり着いたことのない場所である。
そこは東の海から西の海まで続く、厳しいロキシアン山脈によって隔絶され、その北方に広がる深淵の森と呼ばれる場所は、グリフォンやサイクロプスを始めとした災厄級と呼ばれるモンスターの住処になっていたからだ。
そんな周囲とは隔絶された場所ではあるものの、そこに住んでいる者がいないわけではない。
ただそれはただの人ではなかった。
「消えた」
「んっ? どうしたの、リーフェン」
窓際で血のように赤いワインを嗜んでいた若い男、リーフェンが、空を見上げながら呟く。
ソファーに座り、本を読んでいた妙齢の女がそれに気づきわずかに視線を上げ、少し不機嫌そうなリーフェンの姿に薄く笑みを浮かべる。
「手駒の1つが消えた。それなりに有望かと思っていたんだけど、やっぱり人はダメだな」
「あらあら、お人形さんはもろくてダメねぇ。私みたいにもっと可愛い子にしなさいな」
「君と僕は魔法の系統が違う。使役系という意味では良く似ているけどね」
グラスに残ったワインをぐっと飲みほし、リーフェンは考える。
たしかに人は弱く、脆く、そして愚かだ。だがその中でもリーフェンはマシな者を選別して事に当たっている。
現に5年前にリーフェンが種をまいた5人は、問題を起こすこともせずに着々と力をつけている。
消えたのは最近選んだ者であるため、被害は軽微と言えなくもないのだが……
その思考を停止させるかのように、パリンという高い音が部屋に響く。
透明な窓ガラスを突き抜け飛び込んできた小さな球を見た瞬間、悩まし気でありながらも余裕を感じさせたリーフェンの表情が一変する。
「アレイサ、逃げろ!」
「はっ?」
その球を見た瞬間、リーフェンは入れ替わるように窓ガラスを突き破り、その身を宙に躍らせた。
その行動に一瞬目を奪われ、そしてその女、アレイサの視線が球に戻ったときには、その球は泡立つようにぼこぼこと音を立てながら形を変形させていた。
アレイサの表情が引きつり、その両手を前に掲げる。
「私を飲み込め!」
その言葉を得たそれは、床から突然姿を現すと迷うことなくアレイサを一飲みにしていく。
そして部屋に残ったのは今まさに破裂せんばかりに膨れ上がった球と、部屋の半分を占領するような巨大なナメクジだった。
次の瞬間、臨界を迎えた球はまるでウニのように鋭い棘をその身から飛び出させ、部屋の中全てが串刺しにされていく。
ナメクジは少しの間その棘に抵抗してみせたが、それはほんのわずかな時間に過ぎなかった。
断末魔をあげながらナメクジは地面に溶けるようにして消えていき、そして現れた床には大きな穴が開いていた。
部屋中を蹂躙しつくしたその球が、役目を終えたことを誇るように、パンという破裂音を響かせて消える。
そうして残されたのは見るも無残な姿になった家具や本たちであった。
その部屋に戻った2人はお互いに顔を見合わせる。
「死ぬかと思ったわよ。あれ、テーラントの魔法よね? 殺してほしいのかしら」
「ああ、確かにテーラントの魔法だ。だが奴じゃない」
「どういうことよ。あんな魔法を使えるのなんて他にいるわけないでしょ」
ぬるぬるとした体液にまみれ、服がぴったりと肌にはりついたアレイサの姿は煽情的である。
だがアレイサはそんなことよりも、自らの推測を即座に否定したリーフェンの言葉にいら立っていた。
ここの住人が使う魔法は、個人でしか扱えない特殊なもの。
そして今まさに自分を殺そうとした魔法を、アレイサは見たことがあった。その使用者であるテーラントが今回の下手人。それ以外考えようがないはずなのだ。
そんな殺意のこもったいら立ちの視線を受けながら、リーフェンは諭すように伝える。
「そういえばアレイサはまだ若かったね。なら知らないのは無理もない。僕たちの魔法を使えるのは僕たちだけじゃない。その時にいた全ての者の魔法を覚えてみせた化け物がいたんだ」
「そんなことできるはずが……」
「できるさ。先代の不死の魔王、アリソンならね」
その言葉とともにリーフェンの脳裏に響いたのは、楽しそうに笑うアリソンの声だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
とりあえずここで第一章が完結いたしました。
毎日更新でここまで書き上げることができよかったです。
お正月3が日はお休みさせていただく予定ですので、すみませんがよろしくお願いいたします。
それでは今年もあと数時間ですが、良いお年をお過ごしください。
新年に読まれた方、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。




