第30話 主従関係
ずううん、と重々しい音を立てて地面に倒れ伏したグラスドラゴンをピアは眺め、そして首を曲げて自らの手にある紫色のナイフを驚愕の表情で見つめる。
「なんて切れ味なの。刺した感覚すらほとんどなかった」
その刀身には刃こぼれどころか歪みひとつない。
明らかに防御特化。生半可な武器や魔法では意味をなさないだろうと遠目でも判断できる相手に対して、まるで液状で柔らかいスライムに刺したような感覚しかそのナイフは伝えなかった。
明らかな異常。それはこのナイフが王族であったこともあるピアが見たことも、手にしたこともないような逸品であることを示している。
「よし。肉の確保はできたようじゃな。では次のドラゴンでも狩りに行くか」
「ちょっと待って。あの、これは本当に使っていい物なの?」
ぞわりと心の奥から響く寒気に、ピアの耳と尻尾が膨れ上がる。
まるで毛玉のように膨らんだそれらを面白そうに眺めながら、レジーナは小さくうなずいた。
「我の自慢の逸品だからそのくらい当然じゃ。今の自分の実力が足らぬと思うなら、それに見合うように成長すればよい。ただそれだけのことじゃ」
「わかった。頑張るよ」
力強くうなずいたピアに優しい笑顔を向け、レジーナはその視線を彼方に向ける。
そこには小さな豆粒のようななにかが、ぐんぐんとこちらに近づいてきているのが見えていた。
「ほぅ、気づいたか。やはりこの辺りの主だけあって目ざといのぅ」
「ウィル、あれって……」
「風竜、別名ウインドドラゴンだな。強さとしては中級だが、その中でも群を抜いたスピードを誇っている」
「ウインドドラゴン」
その名を繰り返しつつ、ピアは徐々に明らかになっていくその姿を観察する。
滑空するように羽を動かさずに飛ぶその姿は、まるで投げナイフのように鋭い印象を与えてくる。
緑の鱗で覆われたそのスピードを追い求める流線型のボディは、先ほどのグラスドラゴンとは違い……
「綺麗な子だね」
「気に入ったか?」
「うーん、気に入るとかの前に殺されないようにしないとダメだと思うけど」
「ほほう。ピアはあの程度の相手に我が倒されると思っているわけじゃな」
「いや、そんなことはないけど」
にっこりとレジーナは微笑んでいるが、その目が笑っていないことに気づきピアはたらりと額から汗を垂らす。
別にピアはレジーナのことなど全く侮っていない。むしろ自分には理解不能な事態を引き起こすため、実力がかけ離れすぎているんだろうと評価していた。
むろんそのことについて、レジーナも理解している。だからピアに向けた言葉はただのからかい。
本当にレジーナの心証を損ねたのは……
「我が最も弱そうに見えたとでも言うのか、この駄竜が。その身の程を知るのじゃ」
明らかにレジーナを目掛け襲い掛かってきていたウインドドラゴンに対して、レジーナがしたのはただ視線を向けるだけだった。
だがそれだけのことでウインドドラゴンはまるでその翼を失ってしまったかのようにバランスを崩し、数十メートル手前で頭から地面に墜落した。
そして地面に盛大な跡を残しながら、何かに引きずられているかのような勢いで前進し、3人の手前でやっと停止する。
頭部を地面に半ば埋め、ぐったりとしているウインドドラゴンにつかつかとレジーナが近寄っていった。
それに気づいたウインドドラゴンはその首を上げようとしたが
「頭が高いとは思わんのかのぅ。竜ごときが我の前に立つなど」
みしりという音を立ててウインドドラゴンの頭がきしみ、地面にできたひび割れがその深さを増していく。
悲壮な鳴き声は次第にか細いものに変わっていき、ついにはその声さえ聞こえなくなりそうになったとき、ピアがレジーナの肩に手を置いた。
「ごとき、はダメだよ。レジーナだって侮られたって感じたから怒ったんでしょ。たとえモンスターでも、戦う相手には敬意を払わないと」
「モンスター相手にな?」
「うん。私たちは村でモンスターの命を奪い、それを糧として生きてきたんだ。肉を食べたり、素材として売ったり、何か作ったりね。それは相手がいてこそのこと。だからいてくれたことに感謝し、敬意を払えって」
「そういうものかのぅ」
「どうなんだろう。私もはっきりとはわからないけど、なんとなく感じるものはあるよ」
納得のいっていない様子のピアに対して、少し困ったような顔をしながらピアがウインドドラゴンの前に立つ。
全ての体力を使い果たしたのか、もはや抵抗する気力もないのか、ウインドドラゴンは身じろぎすらしなかった。
ただその黄金の瞳をちらりとピアに向け、そして諦めたかのように目を閉じる。
「本当に君は綺麗だね」
警戒しながらゆっくりとピアは手を伸ばし、額についた凹凸のないツルツルとした緑の鱗を軽く撫でる。
「冷たい」
「クルルルゥ」
「ふふっ、気持ちいい?」
小さな鳴き声をあげ、その表情を柔らかなものにしたウインドドラゴンに、ピアは嬉しそうに声をかける。
まるでダンジョンに似つかわしくない、主人とペットのような戯れを眺めながら、レジーナはちらりと視線をウィルに向けた。
「なんじゃ、あの駄竜は。なにもせずともピアになついておるぞ」
「中級ともなれば、ドラゴンはある程度の知能を持つ。致死級の災厄から自らを守ってくれた者に恩を感じているのだろう」
「誰が災厄じゃ」
その返しに何も言葉を発せず、ただ沈黙だけでレジーナだとウィルは伝えていた。
それに対してレジーナはなにかを言おうとしたが、どちらにせよこの結果が自らの望む方向性と一致しているため、それ以上の無駄口をやめる。
レジーナは視線を戻し、つかつかと触れ合いを続けるピアとウインドドラゴンに近づいていく。
「なにやら仲良くなったようじゃのぅ?」
ただ振り返ったピアとは対照的に、ビクリとその身を震わせたウインドドラゴンがその身を小さく縮ませる。
だが十数メートルはあろうかという巨体が小さなピアの背中に隠れるはずもなく、その大部分をのぞかせるその光景はドラゴンの威厳など全く感じさせない情けないものだった。
「お主にはドラゴンとしての誇りはないのかのぅ」
「レジーナ」
「わかっておるのじゃ。さてお主には2つの選択権をやろうかのぅ。1つはこのまま我に倒されることじゃ。次は気が付く前に殺してやるから安心するとよい」
薄くほほ笑みながら全く安心できないことをレジーナが告げると、ウインドドラゴンはピアの後ろに隠れながらぶんぶんと首を横に振った。
抵抗の意思の欠片さえ見えないその姿に、レジーナはため息を吐きながらもう1つの選択肢を告げる。
「もう1つは、そこにおるピアの手助けをすることじゃ。その場合、この首輪をつけさせてもらう。さすがにそのままで外に出すわけにはいかんからのぅ」
異空間から取り出した従属の首輪をウインドドラゴンに突きつけながら、レジーナは選択を迫る。
獣人たちの首にはまっていたときには銀色だったはずであるのに、今はサイズもはるかに大きく黒色に染まっている従属の首輪をウインドドラゴンはしばし眺め、そしてのぞき込むようにしてピアを見つめる。
そしてしばらくピアと見つめあった後、その首を縦に振った。
「ピア、飼い主の初めての仕事じゃ。その首に着けてやれ」
「えっと……」
「そやつがお主の役に立ってくれるそうじゃ。そやつならお主を乗せて空を飛び、なによりも早く移動することができるじゃろう」
「それって……」
「ピアがそやつを手なずけたんじゃ。それを何に生かすのか、お主が決めるんじゃな。まあ村のためにあと何匹か手なずけたほうが良いじゃろうが」
そんなレジーナの言葉に、思わずピアは笑ってしまう。
ダンジョンを作り、ドラゴンにはめるための従属の首輪を用意し、そして指針まで示しながらも選択肢をこちらに委ねてくれる。
ピアが本当にしたいことができるように、その選択肢がちゃんと選べるように。
ピアはレジーナに駆け寄り、その小さな体をぎゅっと抱きしめる。
既に生きていないレジーナの体はどこまでも冷たかったが、その心づかいの温かさはピアの体に確かに伝わった。
「ありがとうレジーナ。本当に優しいね」
「ふんっ、我は我が望むままに生きると決めたのじゃ。ならば共に歩くピアも同じでなくてはならんからのぅ」
「私の思うまま、か。うん、今回も頑張ってみるよ」
そう言って笑ったピアは、レジーナから受け取った大きな従属の首輪を持ってウインドドラゴンの前に立つ。
ウインドドラゴンはそっと首を下げてはめやすい体制になると、その顔をピアの体に寄せた。
「これからよろしくね。ナムヴァ」
「クルルル」
ピアに首輪をはめられ、その首筋を撫でられて嬉しそうに鳴いたウインドドラゴン、ナムヴァの姿を眺めていたレジーナがウィルに視線を向ける。
それに気づいたウィルは、俺のあずかり知らぬことだと顔を背けて言外に伝えたのだった。
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