第29話 ダンジョンの出現
「えっと、レジーナ。もう一回言ってくれる?」
朝のリビング、ミコールの作った食事を食べようとしていたところでレジーナから告げられた言葉に、かろうじてピアが言葉を返す。
その頭には大量の疑問符が浮かんでいたが、これまでの付き合いでレジーナの突拍子もない言動に慣れていたピアはどうにか反応できた。
ただそうではない、ミコールたちはぽかんと口を開けたまま固まってしまっている。
「盗賊のねぐらにダンジョンができたから攻略するのじゃ」
「うん、聞き間違いじゃなかったね。な、ん、で、そんなことになってるのかな?」
「さあ、そんなことはダンジョンに聞いてほしいのじゃ」
じとっとした瞳でピアがレジーナを見つめる。対してレジーナは薄ら笑いを浮かべるだけで動揺の欠片さえ見せてはいない。
ピアには確信がある。これは絶対にレジーナの仕業であると。
本当に偶然、奇跡のような確率でダンジョン化がこのタイミングで起こったという可能性はたしかにある。
だがここにレジーナがいる。奇跡に紐をつけ、無理やり引っ張り出してくる存在がいるのであれば、それはもはや奇跡ではなくレジーナの思いにすぎないのだ。
ピアから見てレジーナの行動基準はわかりやすい。
第一前提としてウィルと一緒にいること。そしてピアがいることによってそれが成される現状で優先されるのは……
「退屈だった?」
「いや。我の磨き上げた草むしりスキルを見せつけてみたかったが、ダンジョンがあるのであれば、それを優先するしかないじゃろ。なにせダンジョンは資源の宝庫じゃしな」
まるで本気でそう思っているかのように残念そうに首を横に振って見せるレジーナを眺め、ピアは困ったように眉根を寄せて笑う。
その言葉は、ローザと最後に約束したレミの墓の管理をレジーナが果たしてきたという証明でもあったからだ。
「仕方ないなぁ。ミコール、村のほう任せちゃってもいい? 私はちょっと様子を見てくるよ」
「別にいいが、本当にダンジョンなんだよね?」
「うむ、ドラゴン系のモンスターがうようよしている楽しいダンジョンじゃ。今晩はドラゴン肉のステーキじゃな」
その言葉にミコールは何かを言おうとし、そして不敵に笑うレジーナや、後ろで身動き一つしないウィルの姿を見てため息を吐く。
ミコールはウィルの戦う姿を見たことがない。だがその所作や装備を見れば、その実力の一端をうかがい知れるほどの力を彼女は持っていた。
レジーナに関しては言うまでもなく、なにより自分よりも若いのに1度として勝てたことのないピアが認める者たちなのだ。
彼女たちならドラゴンも相手ではないのだろうと思うことができた。
「「ドラゴン肉!」」
「おおー、そうじゃぞ。あれは魔力が詰まっていて旨いし、量があるからのぅ。皆で腹いっぱい食べられるはずじゃ。今日は祭りじゃ!」
「「祭り!!」」
「ただ味付けが単調なのは駄目じゃ。塩はあるから、それ以外の何か使えるものを探すのじゃ。わかったか、小童ども」
「「わかった!」」
大量の、しかも食べたことのないドラゴン肉と聞いて目をキラキラとさせているカルロとラウラ。そして2人を扇動しようとするレジーナの姿に、その他の3人が苦笑を浮かべる。
「とりあえず皆の仕事の分担は任せるよ。畑半分、採取半分くらいでいいんじゃないかな。ご丁寧に畑は耕され、種まで用意されていたから、そこまで人手は必要ないと思う」
「わかったよ。とりあえず早く収穫できそうなものを優先させる。とは言っても、私は専門じゃないからおまかせになっちまうけどね」
「適材適所ってことで。じゃあご飯を食べて早速行動開始しようか。あっ、2人ともそんなにがっつかなくて大丈夫だからね」
詰め込むようにして肉をほおばっていく子供たちに注意しながら、ピアも少しだけ食べるスピードを上げたのだった。
そして朝食を終えたピアを連れ、盗賊のねぐらであった洞窟へやってきたレジーナは昨日やってきたはずの入り口の前で立ち尽くす。
その入り口から見える光景は、昨日ピアが見たものとは似ても似つかぬものだったからだ。
「草原?」
「面白いじゃろう? こういうタイプのダンジョンに来るのは初めてじゃったか?」
「うん。デリク王国にあったダンジョンには何回か行ったことがあるけど、洞窟や遺跡のような場所だったから」
物珍しそうに視線を巡らせながら中に入っていくピアに、レジーナとウィルが続く。
周囲に広がるのは見渡す限りの草原。ときおり吹き抜ける風が草を揺らし、さわさわと音を立てていく。
遠くの上空には下位の飛竜であるワイバーンが優雅に飛んでおり、そして十数メートル先ではずんぐりとした巨大な緑のトカゲが草をはんでいた。
「ほれ、肉じゃ」
「あれって……」
「グラスドラゴンだ。草食で大人しい珍しいタイプのドラゴンだな。遠目に見ている分には襲われる心配はない」
「大人しいのに、近づくと襲われるんだ」
3人が現れたことなど我関せず、とばかりにグラスドラゴンは食事を続けている。
グラスドラゴンに警戒心が欠けているわけではない。
グラスドラゴンは土色の頑丈な鱗と、強靭な肉体を保持している。それを傷つけることができる者などこの辺りにはいないことを承知しているのだ。
ピアは前世のローザの時代、王族ではあったが様々な場所を訪れ、そして各種モンスターを目にしてきた。
だが実際にドラゴンを見たのは今日が初めてだ。
そもそもドラゴンとは伝説にうたわれる生き物であり、その下位種であっても倒した者には称賛と栄誉が約束される。
とはいえ、そもそもドラゴンが住むような土地は外界から隔絶されたようなところが多く、そんな例は歴史を紐解いても数えるほどしかないのであるが。
「では、ピア。あれを狩ってくるのじゃ」
「私で大丈夫かな? 村で使っていた武器も没収されちゃったし。今のは量産品の粗悪な物だよ」
腰に差していたナイフを取り出し、そのわずかに歪になった刃先を見てピアは苦笑いを浮かべる。
このナイフは奴隷商人が盗賊に襲われたどさくさに紛れて、荷物からこぼれたものを隠し持っていただけであり、その質は期待できない。
グラスドラゴンの明らかに硬そうな鱗には、傷一つつけられずに折れるだろうな、という予想は十中八九当たるだろうな、とピアは考えていた。
レジーナは取り出されたナイフをしばし見つめ、うーんとうなりながらしばらく迷っていた。
そして、はぁ、と小さくため息を吐くと魔法を行使し、異空間に収納していた1本のナイフを取り出す。
「仕方がないから貸してやるのじゃ」
「えっ、いいの? なんか見るからに高そうなんだけど。それにレジーナが迷うくらいの一品でしょ?」
「ピアには恩があるからのぅ。でも貸すだけじゃからな!」
断腸の思いとはこのことか、と言わんばかりの苦渋に満ちた表情をしながら、レジーナがそのナイフを押し付けるようにしてピアに手渡す。
紫色の刀身に、漆黒の持ち手をしたそのナイフは、まるで周囲一切の光を吸収してしまうのではないかと思うほどに異彩を放っていた。
先ほどのナイフと重さはあまり変わりはないが、そのまっすぐに線を引いたような乱れのない鋭い刃先は何もかもを切り裂いてしまいそうなほど美しかった。
しばしそのナイフを見つめ、そして覚悟を決めたピアはグラスドラゴンに向けて駆けだす。
風のように軽やかな足は距離を即座に詰め、グラスドラゴンが迎撃のために頭を上げたころには、彼我の距離はわずか数メートルまで縮んでいた。
「ハッ!」
交錯は一瞬。短い気合の声と共にピアの姿がグラスドラゴンの背後に回る。
「見事じゃ」
自らが攻撃されたことすら認識できず永遠の眠りについたグラスドラゴンを見つめ、レジーナは楽しそうに笑ったのだった。
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