第28話 楽しい時間を過ごすには
クレマンに対する疑問は尽きなかったが、本来の目的であったピアのこれまでの生い立ちについて、ウィルは知ることができた。
食事を終え、長い話をしたことでさすがに疲れたのか、小さなあくびをし始めたピアにレジーナは気づく。
「もうお主も寝るとよい。今日は色々とあって疲れたじゃろ」
「そうだね。盗賊に襲われて、レジーナに会って、ウィルとも再会できて、本当に怒涛の一日で大変だったよ。じゃあお言葉に甘えて休ませてもらおうかな」
そう言って立ち上がったピアは、出そうになったあくびを手で隠しながら、反対の手を振って二人に別れを告げて出ていった。
レジーナとウィルはその後ろ姿を見送り、その足音が完全に聞こえなくなったところでウィルがぽつりと漏らす。
「クレマンが聞いたら、鼻で笑いそうな話ばかりだったな」
「その方が後世の誰かにとって都合がよかったんじゃろうよ。まああれで面倒見はよかったからのぅ。頭を軽く殴るくらいで許すのではないか?」
「ふふっ、かもな」
ウィルにとって、クレマンはそこまで仲が良い相手というわけではなかった。
静が常であるウィルと、動が常であるクレマン。2人はどこまでも反対であったからだ。
だが、それでも2人は互いに相手の実力を認めており、前線では背中を、いや命を預けあった仲でもある。
そんな懐かしい仲間の話は、ウィルの表情をただの人のように柔らかくしていた。
「で、まあ本題に戻るんじゃが、散り散りになった獣人たちを我らが探すのは駄目じゃ。獣人たちは本能的に強き者を求める。人に助けを求めたとあっては、レジーナが認められんからのぅ」
「己が力を示せ、か。アースラがクレマンを仲間にしようとしたときに言っていたな。だが今は仲間の命のほうが優先ではないのか?」
「ピアが奴隷狩りに襲われてからもう2週間経っておるのじゃぞ。弱き者は既に死んでおるわ。それがわかっておるから、ピアもこの場に残る弱き者を生かそうとしておるんじゃろう。そして安定した村に、いつか仲間たちを再び集める。そんな日が来ることを願って」
それはあくまでレジーナの想像でしかない。だが、全く的外れではないだろうという確信もあった。
ローザ時代、王族であった彼女は少なからず政務にも関わっていた。その中で民の命を天秤にかけたことは1度や2度ではない。
直接ではなくとも、彼女の判断1つで民は死んだ。多くを生かすための犠牲となった。そしてその事実を聡明な彼女は理解し、それでもなお歩みを止めなかったのだ。
ピアは見た目どおりの年ではない。肉体の若さに引っ張られてはいるが、その中には王宮という混沌を生き抜いたローザとしての経験が確かに残っているのだ。
レジーナが背をぐっと伸ばし、体重のかかった背もたれがぎしりと小さく音を立てる。
「先導するのはピアじゃ。我らはそれを手伝うのみだからのぅ」
「そうだな」
「と、でも言うと思ったじゃろう?」
予想通りのウィルの返事に、レジーナがその口をにんまりと三日月にする。
何を言っているんだこいつ、というような目で見つめてくるウィルにドヤ顔を見せつけながら、レジーナはゆったりと椅子から立ち上がってみせた。
「せっかくピアに会うことができたのに、そんなつまらん日々はまっぴらごめんじゃ。村の再興、そんなのはそこらの者にやらせれば良いのじゃ。というわけで、いくぞ、ウィル」
「なにをするつもりだ」
「仲間を探す手間が省力化でき、この村の発展にも寄与できるものがあれば万事解決じゃ。あ奴はなぜか我らに遠慮するからのぅ。我らではない何かを使わせる」
ぐっと握りこぶしを見せつけるレジーナのその宣言を聞きながら、そんな都合の良いものがあるわけないだろうとウィルは静観していた。
しかしレジーナの視線はまっすぐにウィルに向けられており、その瞳が揺らぐことはなかった。
「なにをするつもりだ?」
再びの問いに、レジーナはその口角を上げ
「門を開く」
そう短く宣言したのだった。
家を出たウィルがレジーナに連れていかれたのは、人里離れた場所にある粗末な穴の前だった。
夜でほとんど光のない世界において、その穴を人が見つけるのは困難だろう。
「本気で言っているのか?」
「もちろんじゃ。ほらっ、さっさと出すのじゃ」
戸惑いを見せるウィルをよそに、レジーナはさっさとしろとばかりに行動を促す。
レジーナがしようとしていることをウィルは理解している。理解しているからこそ、それができるとは到底思えなかった。しかしレジーナの瞳に迷いはない。
諦めたウィルは、その全身鎧を脱いでいくと、簡素な上下の服だけの姿になった。
そしてそれすらも脱いで全裸になると、全身に力をこめていく。
「むうっ!」
ウィルの顔が赤く染まっていき、その表情が強張る。
その全身の筋肉ははちきれんばかりに膨張し、そこから発された熱によって湯気が立ち上っていた。
「むうううん!」
気合ののった言葉をまるで雄叫びする狼のように天に向けて発した瞬間、それは起こった。
ウィルの臀部から紫の鱗をまとった巨大な尻尾が突然生えたのだ。
その尻尾は臀部だけでなく、背中の肩甲骨の辺りにまで及んでおり、不格好な姿のままウィルは荒い息を吐いている。
「やるならやれ。長くはもたん」
「では、お言葉に甘えさせてもらうのじゃ」
その変化を待っていたレジーナはとびかかるようにその尻尾に近づくと、その紫に輝く鱗をはがそうと魔法を行使する。
それらは、小さな町程度であれば一撃で吹き飛ばせるほどの威力を持っていたが、紫の鱗には傷1つついていなかった。
「やはり硬いのぅ。こういう時にクレマンがおればよかったんじゃが」
「奴なら尻尾を斬り落とそうとしそうだ」
「ふふっ、確かにのぅ」
生半可な魔法では通用しない。わかっていたことではあるが、それを再認識させられたレジーナは、目を閉じ精神を集中させていく。
そして自らの中にある魔力を操作し、その全てを両手へと集中させていく。
レジーナの白い手が、黒く、より深く染まっていく。そしてそれが光をも吸収するほどに深くなった瞬間、レジーナはゆっくりと目を開けた。
「黒手か」
「うむ。我も余裕がない。すぐに終わらせるからのぅ」
そう宣言したレジーナの手が、ウィルの尻尾に触れる。
まるで金属同士が打ち合ったかのような甲高い音が響き、レジーナの魔法の一切を弾いていた紫の鱗が徐々にではあるが削れていく。
派手な火花が散るでもなく、その動きが特別に速いわけでもない。だがそこには、ただの人間には及びもつかない高度な技術が集積されていた。
そして、ついにレジーナの黒手が紫の鱗を2枚もぎ取る。わずか50センチ程度の大きさのそれをそれぞれ1枚ずつ手に持ち、レジーナは崩れるように地面に腰を落とした。
それとほぼ同時に、ウィルの臀部から生えていた尻尾も姿を消す。残ったのは裸のまま佇むウィルの姿だった。
「ふふっ、変質者みたいじゃの」
座っていることさえできず、地面に大の字になりながらそれを見たレジーナが薄く笑う。
なんと返すべきかウィルは迷い、結局は何も言わずにそそくさと服を身につけていった。
そんなつまらない反応に少し頬を膨らませながら、レジーナはまるで宝物でも見つめるかのように、きらきらとした瞳で紫の鱗を眺めたのだった。
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