第27話 ねじ曲がった歴史
久しぶりに動き出して鎧を身に着けたウィルを連れ、レジーナは再び空を飛んで村へと戻った。
そのころには既に日は沈んでおり、村の中央にいくつかぽつぽつと輝く松明の灯りが揺れている。
見張りなのか、立っていた盗賊の男がレジーナの姿に驚き、そしてその背後で暗闇に半ば溶けながら佇む黒の全身鎧姿のウィルを見つけて言葉を失う。
「見張り、ご苦労じゃの。ピアはこの中かのぅ?」
その問いにこくこくと頷いて返す男に小さく笑みをやり、レジーナはその隣を通って奥にある家の中に入っていった。その後を無言のままウィルも続く。
造ったばかりであるため、きしむことなく開いた扉の先では、楽しそうな子供たちの笑い声が響いていた。
ほんの一瞬だけ、ウィルの動きがピタリと止まる。
「おや、どうかしたかのぅ?」
「なんでもない」
「ふむ、それならいいんじゃが」
ニマニマと笑いながらレジーナはその声のする方に歩いていき、たどり着いたリビングではピアと2人の子供たち、カルロとラウラがご飯を食べていた。
「ラウラ、ずるい!」
「カルロがとろいのが悪いんでしょ。こういうのは早い者勝ちだよ」
レジーナがウィルを迎えに行っている間に仕留めたのか、テーブルには肉汁したたるステーキが盛られていた。
その中でも大きな肉片を奪い合う2人の姿を、ピアはにこにこと眺めている。
「あんたたち、いい加減にしな。まだまだ肉はあるんだ。ピアも笑ってないで……んっ、レジーナ、帰ってきていたのか。後ろのデカいのはお仲間かい?」
キッチンからやってきたミコールが、レジーナに気づく。
その場にいた4人からの視線を受けたレジーナは「まあの」と軽く返事をし、そして半身をずらして背後のウィルにその場を預けた。
じっと佇む黒の全身鎧を警戒の目で見つめる3人をよそに、ピアはその頬を緩めながらとことこと近づく。
「久しぶりだね、ウィル」
「本当に、お前なのか?」
「うん、私は私だよ。今はピアって言うんだ」
「そうか」
両手を広げて抱きついたピアに軽く両手を重ね、戸惑いつつもウィルは状況の把握を終えた。
今の今まで、ウィルは心のどこかでレジーナが自分をたばかっているのではないかと考えていた。
レジーナであればやりかねない。そんな逆方向の信頼をウィルはおいていたのだ。
しかし言葉を交わし、その動きの癖を見て、その疑惑は晴れて消えた。
もともとウィルの記憶力は高く、レジーナと、そしてローザと共に過ごした日々の中で得た知識が、ピアは紛れもなくローザの生まれ変わりであると示していた。
たとえ姿かたちがどれだけ変わろうとも。
「あっ、そうだ。ウィルにも私の仲間を紹介するね。この子たちがラウラとカルロ。で、こっちの格好のいい狼の獣人がミコールだよ。ミコールって料理もうまいんだ」
「あんたが壊滅的に料理が下手なだけだろうが」
「あいたっ」
ミコールに持っていたお玉でぽこんと頭を叩かれ、レジーナがほほ笑みながら頭を押さえる。
ピアの親し気な様子からミコールは警戒を解いたようだったが、ラウラとカルロは固まってしまったかのように身動き一つしない。
そんな2人に視線を向けながらウィルも微動だにせず、微妙な緊張感が辺りに漂っていた。
「相変わらず、子供は苦手のようじゃの」
「誰のせいだと思っている」
「さあのぅ。ほれっ、2人ともさっさと食べねば我が全て食らってしまうぞ。あそこの鎧は置物程度に思っておけばいいのじゃ。どうせ動かんしの」
「「あー!!」」
2人が狙っていた大きな肉をレジーナはかっさらい、口の中に放り込んでもぐもぐと食べてしまう。
少し草の匂いが残る弾力のあるこの肉は、この周辺によく出るモンスターであるハイランドディアのものであった。
自分が調理するともっと臭みが残ってしまうのだが、爽やかささえ感じるその味に思わずレジーナは目を見張る。
「ほぅ。ミコールは料理がうまいというのは本当じゃな。臭みがほとんどないぞ」
「でしょー。私の村でミコールは、お嫁さんにした女の子ナンバーワンだったんだから。それなのに自分より弱い男とは付き合わないって意地張るから……」
「あ、ん、た、は、どうしてそう無駄なことばっかり話すんだい!」
「いたっ、いたたた。痛い、ちょっと本当に痛いから」
頬を真っ赤に染めながらミコールはお玉でポコポコとレジーナの頭を叩き続ける。
そのお玉はレジーナが作った特製のものなのでかなり頑丈ではあるのだが、そのけっこうなしなり具合にそのうち壊れるだろうなとレジーナは苦笑いしていた。
そしてその予想は外れることなく、お玉がミコールの手元からぽっきりと折れる。
「あっ」
「あーあ。ミコ姉、馬鹿力だから壊しちゃった」
「いや、これはピア姉が悪いよ。ミコ姉にあんなこと言ったら叩かれるってわかってたはずだよ」
もぐもぐと肉を食べながら、冷静に分析する子供たちの言葉に耐えられなかったのか、ミコールがそそくさとキッチンに戻っていく。
そして時を置かずにミコールは戻ってくると、視線を皆に合わせないようにしながらぼそっと呟いた。
「ごめん、お玉が壊れたからスープすくえなくなった」
皆の視線を受けながら顔を俯かせるミコールの顔は赤く染まり切っている。
そんな彼女に生暖かい視線が集まる中、ピアはこっそりとレジーナの耳に顔を寄せ
「ねっ、可愛いでしょ」
と言って笑ったのだった。
食事を終え、3人で積もる話もあるだろうからと気を利かせたミコールが、こっくり、こっくりとし始めた子供たちを連れて寝室へ向かう。
リビングに残ったレジーナたちは、改めてピアからここまでの生涯についての話を聞くと、ウィルがぼそりと言葉を発した。
「それでこれからピアはどうするのだ?」
「うん。レジーナにはもう伝えたんだけど、まずはここにいる皆と村の再建をするつもり。幸いなことに環境は整っているし、畑で小麦や野菜を作るのが最初かな。狩猟中心で食いつないで、持続的に生活できる基盤を整えるつもり。本当は散り散りになった村の仲間も探したいんだけどね」
「それなら俺たちが……」
「それは違うぞ、ウィル。ローザの時は身分上動けない制約があるため我らが動いただけじゃ。今、ピアの前にその制約はないのじゃ。それにその手助けは獣人のプライドを傷つける。クレマンのことを思い出してみよ」
「クレマンか」
ローザに告げられたその名に、ウィルが目を閉じて過去の記憶を探る。
クレマンは、かつて魔王に対した勇者と共に戦った獣人の戦士であり、前衛としてウィルと肩を並べた仲間である。
ライオンの獣人であったクレマンのウィルを超える巨体から繰り出されるバトルアックスの一撃は、最高位の硬度を誇るミスリルの鎧を叩き潰すほどの隔絶した破壊力をもっていた。
そしてその言動は……
「すまん。ろくな思い出がないんだが」
ウィルの脳裏に次々と思い浮かぶのは、考えることを放棄したただの阿呆な言動をするクレマンの姿だった。
ウィルの問いにまともな答えが返ってきたことはまれで、だいたいが、勘だ、とか直感でなんとかなる、といった脳まで筋肉に侵されたような言動ばかりだった。
街でもめ事があるとその中心にいるのはだいたいクレマンであり、悪人ではないのだが底抜けの馬鹿というのがウィルの評価だった。
「クレマン様ってそんなんだったんだね。獣人に伝わる言い伝えだとだいぶ違うけど」
「どんな話なのじゃ?」
「うん、賢王クレマンっていう昔話なんだけど……」
そう言ってピアの口から語られた話は、2人の知るクレマンとは似ても似つかぬものだった。
同姓同名の別人と言われた方がよほど信ぴょう性があるのだが、その中で勇者と共に魔王に戦いを挑んだという部分があるため別人ということはあり得ない。
かつて父親に話してもらったときのことを思い出し、楽し気に語り続けるピアを眺めながら、レジーナがぼそりと呟く。
「歴史とはこうしてねじ曲がっていくのじゃな」
「そうだな」
困惑しながら話を聞き続ける2人をよそに、ピアの賢王を称える話は十数分も続いたのだった。
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