第26話 終わっていなかった約束
村はずれのゴミ捨て場からレジーナが戻ると、村の中心にある村長の家の前の広場で獣人たちが集まって話していた。
その目の前には従属の首輪をはめた盗賊たちが並んでおり、彼らは所在なさげにたたずんでいる。
「あっ、レジーナ。用事は終わったの?」
「うむ。で、お主らはなにをしておるんじゃ?」
「いや、これからどうしようかって話をね。奴隷狩りたちのせいで住んでいた村は壊されて、皆ばらばらになっちゃったし」
話の中心となっていたピアがレジーナに気づき、状況を説明してくれる。
元々ピアたちはここから南方に位置するユーレムナの森の一角にあった村に住んでおり、そこには5百人以上の獣人がいた。
しかし奴隷狩りに襲われ、その結果ピアたちは捕らわれ、そうでない者も散り散りになってしまったということだった。
そこまで聞いたレジーナは首を傾げる。
「お主がいただけでなく、他の獣人もいたのじゃろう? それなのに対抗できぬ相手じゃったのか?」
レジーナの見たところ、ピアの身体能力はローザであったときと遜色ない。いや、単にスピードなどだけであれば、今のほうが優れていると言ってもよかった。
並みの相手にピアが後れを取るとは思えず、周囲を固めるのは普通の人に比べ身体能力が高く戦いに適性のある獣人たち。
獣人たちの勇猛さをよく知るレジーナとしては、その規模の村を落とすのであれば、かなりの戦力が必要になるように思えたのだ。
そんなレジーナの疑問に、ピアは力なく笑う。
「うーん、村長だった私の親父殿が真っ先に捕まっちゃったんだよね。村一番の戦士だったんだけど、魔法で動けなくされちゃってさ。で、村を守っていた戦士も次々に捕まっていって、これはまずいって皆を逃がしたんだ」
「ここにいるのはしんがりを務めた者や、運悪く捕まっちまった子供だ。村長を含め、戦いに使えそうな奴らは別のところに運ばれていったよ」
不安そうに話を聞いていたカルロとラウラの小さな頭をミコールが少し乱暴になでる。
嫌そうにしながらも、どこか安心したような笑みを浮かべる2人を見つめ、レジーナはわずかに空を見上げた。
たしかに獣人は一部の種族を除き、魔法に対する耐性が低いという弱点を持っている。
レジーナであれば、同じことをするのはそこまで難しくはない。動けなくするのであれば、毒や麻痺、電気、空間の固定などいくつもの魔法が思い浮かぶ。
だが奴隷として捕まえることが目的であれば後遺症を残すわけにはいかず、それを成すに足る魔法となれば数は多くない。そしてその全てが高位の魔法だった。
(匂うのぅ)
高位の魔法を扱うことのできる者が、奴隷狩りなどという裏の仕事につくのだろうか。
平時であっても魔法使いの需要は高く、魔王が現れている今、その価値はさらに高まっている。条件の良いまっとうな仕事はいくらでもあるのだ。
確かに高位の魔法使い全てが、健全な精神を持っているわけではない。
嗜虐性の強い者や、そもそも性格が破綻している者も少なからずいるだろう。
そんな者に当たってしまい運が悪かったと片づけることもできたのだが……。そんな風に考えながら、レジーナは視線をカルロとラウラに戻した。
「散り散りになった仲間を探すつもりかのぅ?」
「できればね。でもまずは生活を立て直すのが最優先かな。で、相談なんだけど。ここの村って使わせてもらってもいいの?」
お願い、と小首を傾げるピアの姿に、レジーナが苦笑を浮かべる。
ローザであった最後の頃は、王族としてそれなりのふるまいをしていたものだが、精神が肉体の若さに影響を受けているのかもしれない。
そんな考察をしながら、レジーナはぐるっと村を見回し、ピアの背後から飛んでくる幾多の期待の眼差しに不敵に笑ってみせた。
「別に良いぞ。どうせ暇つぶしに造った村じゃ」
「さすがレジーナ。太っ腹だね」
「ふん。もう暇を潰す必要もなくなったしのぅ。で、あ奴らはどうするつもりじゃ?」
いきなりレジーナに指さされ、注目が集まった盗賊たちに動揺が広がる。
生き残ったと言えば聞こえはいいが、ここにいるのは突然現れたレジーナに対して行動することができなかった盗賊の中でも下っ端ばかりだ。
あっさりと幹部を一掃してみせたレジーナや、自分たちよりはるかに武力に優れた獣人たちに反抗の目を向ける者はいない。
「うーん、昔なら……でも現状人手は欲しいし」
冷たい目で「昔なら」で言葉を止め、そして慌てたようにごまかすピアの様子にレジーナは苦笑いを浮かべる。
たしかにローザのころであれば、盗賊は処刑もしくは奴隷として危険な鉱山やダンジョンに送るかどちらかだった。
ただそれは盗賊というわずかな人手のことなど考えなくてもよかった為政者の立場としての判断だ。
現状、この村にいるのは20人程度の獣人と従属の首輪をつけた15名の盗賊のみ。
レジーナが作り上げた村は少なくとも200名程度は暮らせる程度に整備されており、それを維持するだけでも人手は不足していた。
どうする、と仲間たちにピアが相談をもちかけるのをレジーナは見守っていたが、獣人たちの中からは盗賊たちを処断すべし、というような意見は出てこない。
小作人として多くの農地を耕してもらう、村の防衛のために働いてもらうなど比較的きつい仕事を割り振られようとはしているが非人道的な扱いをされそうにないことに盗賊たちはほっと胸をなでおろしていた。
獣人たちの中心に立ち、皆の意見を取りまとめるピアは生き生きとしている。
獣人たちの境遇は決して良いとは言えない。奴隷狩りにあい、家族とは離れ離れになり、そのうえ盗賊に襲われたのだ。
自らの不運を嘆いてもおかしくない状況であるが、前向きに生きようとするピアの姿に皆が引っ張られているのだ。
そんな友人の姿に思わず微笑みながら、レジーナは大切なことを思い出す。
それに比べれば、そもそも興味のない盗賊のことなどどうでもよいことだった。
「まあ盗賊の処遇はおいおい決めるがよい。では、我は少し村から離れるからのぅ」
「どこに行くの?」
軽い調子で声をかけたレジーナに、首だけで振り向いたピアが問いかける。
それに対してニヤッとした笑みをレジーナは浮かべ
「なに、約束を果たしてもらうまでのことじゃ」
そう言い残し、空へと魔法で飛びあがるとその姿を消したのだった。
空を飛んだレジーナがたどり着いたのは、レミの墓のあるいつもの洞窟の前だ。
そこは出かけたときと何も変わっておらず、墓守として残ったウィルは岩に座ったまま夕日に照らされ赤く染まっていた。
自分が戻ってきても全く反応しない姿にレジーナは若干イラっとしたが、この後の反応を考えるとそれもすぐに忘れられた。
ニヤニヤと笑いながら、レジーナはゆっくりとウィルに近づく。
「のう、ウィル。今日はまた村に盗賊がひっかかっておったんじゃ。暇つぶしがてらねぐらを襲ったんじゃが、驚いたことにマジックバッグがあってのぅ」
「……」
レジーナの話に、ウィルは一切反応しない。
座ったまま目を閉じ、全く身動きしないその姿は眠っているようにも見える。しかし自分の声が耳に届いていることをレジーナは知っていた。
永きを生きるウィルにとって、動かないことが普通なのだ。動くとすればそれは……
「そうそうその盗賊は、奴隷商人を襲っておったようでの。奴隷となっていた獣人たちを助けたんじゃが、その中にローザがおったのじゃ。偶然とはあるものじゃな」
ローザという単語を耳にした途端、ウィルのまぶたがピクリと震える。
その反応に笑みを増しながら、レジーナは言葉を続けた。
「のう、ウィル。今度はお主の番じゃぞ」
「どういうことだ? まさか……」
「我は何もやっておらん。これはローザの、いやレジーナの定めじゃな。そんなことより、約束は果たさねばならんじゃろう?」
「何のことだ?」
「ウィル自身が言ったではないか。彼女の死を看取るまでは付き合う、と。よもや約束を破るわけはないじゃろう?」
クックック、と笑うレジーナにじろっと目を向けたウィルは、数か月ぶりにその体をゆっくりと動かし、立ち上がったのだった。
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