第25話 マジックバッグ
こげ茶色の革袋に手を伸ばして拾うと、レジーナは無造作にその中に手を突っ込む。レジーナの腕が動いているのは外から見ても分かったが、革袋の形状は一向に変わらない。
それが想像通りのものであることを確信したレジーナの笑みが深まっていく。
「どうしたの? 面白いものでもあった?」
「んっ、まあの」
声をかけてきたピアにレジーナは革袋を差し出し、そこに手を突っ込むように促す。
なにか変な物でも入っているのかといぶかしみながらピアはそこに手を入れ、そしてその目が見開かれた。
「これって、マジックバッグ?」
「うむ」
「な、なんだって!?」
金貨の詰まった袋に意識を持っていかれていたミコールが、それを放り出す勢いで2人に詰め寄る。
ミコールはピアの手の中にある革袋を驚きの眼差しで見つめ、そしてピアにそれを差し出されて戸惑うように2人へ視線をやった。
「なんであんたたちは驚かないんだい。あのマジックバッグだよ。商人垂涎の品で、売るだけでも巨万の富をもたらすって言われてるのは知ってるだろ」
「ただ単に物が多く入る袋というだけじゃろ」
「物が多く入るってのがヤバいんだろ」
まるで柳に風とでも言わんばかりに、ミコールの言葉はレジーナには全く響いていなかった。
そしてそんな様子をピアは苦笑しながら眺める。
マジックバッグはダンジョンなどでごくまれに手に入れることができるアイテムである。
その性能は簡単に言えばレジーナの言うとおり、見た目以上の物を入れることができる袋だ。
だがどれだけ物を入れてもマジックバッグの重さは変わらず、そして入れたときの状態のままで保存されるという特性をそれは持っていた。
その意味を正しく理解できれば、その価値の高さは誰の目にも明らかだ。
商人であれば輸送コストを下げることができるし、状態を維持したまま商品を保存できるというのは夢のような話だからだ。
そして軍事的な側面から見ても、その価値は非常に高い。装備や食料、水などの輸送はかなりのコストがかかる。それを一気に解決できる可能性をマジックバッグは持っているのだ。
その利便性から人工のマジックバッグを作ろうという研究は長らくされてきたが、未だにその成功例は存在しない。
入手方法はダンジョンからごくまれに得られるのみであるため、ミコールの言うように非常に効果で取引されているのが実情だった。
レジーナでさえマジックバッグを作ることはできない。だがそれと同じことをできる魔法を覚えているため、マジックバッグに対する執着が全くなかった。
そしてピアは前世で王族としてマジックバッグを持たされていたため、そこまで新鮮な驚きは感じなかったのだ。
ミコールが2人のリアクションの薄さに、自分が間違っているんだろうか、と別方向の勘違いをし始める中、ピアがぽつりと呟く。
「でも、なんで盗賊なんかがマジックバッグを持っていたんだろう? それにここにある金貨や宝石。売ればかなりの金額になったはずだよね」
「まあそうじゃな」
「それにこれどこで手に入れたんだろう。もし襲った商人が持っていたなら、大規模な盗賊狩りくらい行われそうなものだけど」
「中に何か入っていれば手がかりになったかもしれんが空じゃし、頭はたぶんスパッとやってしまった最初の奴じゃろうしなぁ。とりあえず下っ端に聞いてみるのじゃ」
ぽりぽりと鼻をかきながらレジーナが部屋から出ていく。
そして予想通り、アジトにいた盗賊全員に聞いてもろくな情報は持っておらず、なぜ一盗賊がマジックバッグを持っていたかという手がかりは全くなかったのだった。
その後、3人は捕らえた盗賊たちを連れて村に戻ると、村の盗賊たちの生き残りにも話を聞いてみた。
だが盗賊の頭を始め主だった者たちは、最初にレジーナに手向かい既にこの世にはいない。
それを知ったレジーナは、仲間たちと合流したピアたちと別れ、一人村外れに向かって歩いていった。
本来であれば糞尿やごみなどを集めて処理するための場所として掘ってあった穴にレジーナが近づくと、その気配を察したのか一斉に鳥が飛び立っていった。
血の匂いが漂うそこには、レジーナによって処分された盗賊たちが無残な姿をさらしている。
レジーナは躊躇することなく3メートルはある穴の底に飛び降りると、死体のそばに浮きながらため息を吐いた。
「仕方がないのぅ」
レジーナはぱちんと指を弾き、その穴の周囲を黒い膜で覆う。
それはレジーナが得意とする死霊魔術の結界術であり、外界からの侵入を防ぐだけでなく、その中において使用される死霊魔術の効果を飛躍的に高める効果を持ったレジーナのみが使える秘術であった。
「これをすると疲れるから嫌なんじゃが……まあ仕方がないしのぅ。ピアたちに害があってはいかんし」
ぶつぶつと呟きながらレジーナは意識を集中させていく。
一般的な魔法使いが使う魔法系統と比べ、死霊魔術は比べ物にならないほどの難度を誇る。
神の権能を犯す禁術とされているからというのが死霊魔術を使う者がいない理由とされているが、扱う能力を持つ者などほぼいないのだ。
なにせ魔王であったレジーナでさえ、それを易々と扱うことができないのだから。
しばらくしてレジーナがその目をカッと見開く。
そしてその艶のある唇をゆっくりと開いた。
「目覚めよ死者共。罪人に安息の眠りなど必要ないだろう」
そう囁いたレジーナの言葉が、死者たちに降り注ぐ。
するとまるでその声に突き動かされるように横たわっていた死体たちが動き出した。それらは自らの体の一部を探してその身を整えると、まるでレジーナの配下であるかのようにひざまずき頭を垂れる。
レジーナは深く長く息を吐いて呼吸を整えると、それらを睥睨した。
「貴様らに問う。アジトにあったマジックバッグはどこで手に入れた?」
その問いに反応を示したのはただ1人。それはレジーナに最初に歯向かった盗賊の頭だった。
「あれは俺のものだ」
「違う。どこで奪って手に入れたのかを聞いている」
「俺がダンジョンで手に入れた。仲間は国の要請に従って売ろうとしやがったが、これがあればもっと儲けられる。それがあいつらにはわかってなかった。見つけたのは俺なのに、勝手に決めて。だから殺した。当然だろう」
「ふむ。そして逃げたお前は盗賊に身をやつしたというわけか」
「ああ。だが俺にも運が回ってきた。あいつは俺に力をくれると約束した。使えない手下を生贄にすれば、途方もない力を俺は得られる。都合よく獣人共も手に入ったし、あとはあいつが来れば……クレ、クレ、レ、れ、あ、がっ、ぐっ……」
「ふむ」
言葉が怪しくなり、形が変容しだした盗賊の頭の姿を眺めながらレジーナは小さくうなずく。
そしてその手を盗賊の頭に向けると、開いていた手のひらを軽く握りしめた。
それだけの仕草で盗賊の頭は、ゴキゴキと嫌な音をたてながら身を縮めていき、ついには小さな手のひらサイズの球に変わってしまう。
どす黒いその球体をしばしレジーナは眺め、腕を天に向けて振り上げた。
「我に歯向かう愚か者め。ありがたく受け取るがよい」
その言葉と共に、盗賊の頭であった球体は天高く飛んでいき、その姿をどこかへ消した。
黒い膜の結界が消え、視界一杯に広がった青空をしばしレジーナは眺める。
「本当に面倒じゃの」
それだけを呟き、レジーナは穴の外へ出ていったのだった。
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