第23話 従属の首輪
「ピア姉?」
「んっ、あっ、ごめんね。レジーナ、家の中の掃除って終わってるよね?」
「まあの。実際の掃除はこれからじゃが、安全は確保されとる。家の外に数人残っておるが、あ奴らでは何もできんじゃろ」
暗に全員殺したのか確認してきたピアに、レジーナが言葉を選びながら状況を伝える。
小さくうなずいてありがとう、と伝えてくるピアにレジーナが軽く手を振って応えると、ピアは振り返って先ほど声のしたドアをゆっくりと開ける。
そこに居たのは数十人の獣人たち。その中から小さな2つの影が飛び出し、ピアの足に抱き着いた。
「良かった、良かったよぉ」
「ピア姉が死んじゃうんじゃないかと思った」
「よしよし。怖がらなくても大丈夫だよ。もう終わったから」
猫の獣人の男の子と、犬の獣人の女の子の頭を優しく撫でながら、ピアが微笑みを浮かべる。
その優しい瞳は、我が子を慈しむ母親のようにも見えた。
2人に続いて部屋に押し込められていた獣人たちがぞろぞろと出てくる。その中に若い男がいない理由を察し、レジーナはわずかに顔を歪めた。
彼らはピアの言葉に安どした様子で出てきたが、そこにいたレジーナの姿にぎょっと目を見開く。
その中の幾人かは鋭い瞳を向けてあからさまな警戒を示していたが、レジーナはのんびりとあくびをしてやりすごしていた。
「お前、何者だ? 盗賊の仲間か? ならば女とて容赦はせぬ」
その中でもひときわ鋭い視線を送ってきていた若い女が、レジーナに向け強い言葉を放つ。
獣人はその種族性として、普通の人よりも高い身体能力を有していることが多い。狼の獣人らしく、鋭い犬歯をのぞかせながらレジーナを睨みつける姿はなかなか堂にいったものだった。
「ミコール、ダメっ!」
幼い2人に抱かれて動けないピアが注意を飛ばすが、その意味を狼の獣人の女、ミコールが頭で理解することはなかった。
レジーナは囮かもしれないと考えたミコールは、周囲を警戒しながら立っていたはずだった。
仲間内でもそれなりの実力者として認められていたミコールだ。制限のない今、武器などなくても少女を相手にするのは容易なはずだった。
だが今、ミコールの体は自らの意に反して床の上にはいつくばっている。そしてどうやってもそれを動かすことはできなかった。
「ピア。飼い犬の躾がなっていないようじゃな。仕方がない。我が直々に躾をしてやろう」
つかつかとレジーナの歩く音がミコールの耳にも届いていた。そしてそれが一歩近づくごとに、ミコールの体にかかる見えない重りはその数を増やしていく。
わずかに浮かんでいた顔さえも支えきれず、床にべったりとついたミコールの顔を眺めレジーナが笑う。
「ほれ、女。そんな場所に食べ物は落ちておらぬだろう。それともなにか、我の靴を舐めたいとでもいうのか。趣味が悪いのぅ」
「ぐっ、おっまえ……」
「ふむ、まだまだ無駄口をきく元気があるとは。じゃがその心、いつまでもつのかのぅ、あ痛っ」
「そうやってからかうのはやめなさい。子供たちが怖がっちゃうでしょ」
ぽかんとピアに頭を叩かれ、レジーナが放っていた魔法が雲散霧消する。
いきなり体が軽くなったミコールは、飛ぶようにしてレジーナから距離を取ると信じられないものを見るかのように、2人に視線を向けた。
「相変わらず暴力的じゃな」
頭を押さえながらジト目を向けるレジーナに、メッとピアが指を1本立てて注意している。
ピアは少し眉を寄せ、少し困ったようにしているが、それ以外の恐れなどの負の感情などまるでないかのように平然としていた。
「ピア、そいつを知っているのか?」
「うーん、古い友達、かな?」
「うむ。体を重ねあった仲じゃ」
「ちょっと、そういうことを言うと誤解を招くでしょ。口はちょっと悪いけどレジーナはいい子だよ」
当然のように話すピアの様子はどこまでもいつも通りで、あろうことかレジーナの頭をぽんぽんと叩いている。
レジーナもうっとうしそうにピアの腕を払いのけようとしているが、わずかに身長はピアのほうが高く、リーチの差でそれを許さなかった。
仲のよさそうな2人の姿に、ミコールは大きく息を吐く。
「すまなかった」
「わかればいいのじゃ。お主もなかなか良い根性であった」
ミコールの謝罪をレジーナが受けたことで、張り詰めていた空気が和らぐ。周囲にいた獣人たちがお互いの生存を喜ぶ中、とてとてとピアに2人の子供が近づいてきた。
それに気づいたレジーナが視線を向けると、2人はピュッと音が出そうなほどの速さでピアの背中に隠れてしまう。しかし興味はあるのか、顔の半分だけ出してレジーナを見つめていた。
そんな2人の姿に、ピアは優しくほほ笑んだ。
「「ピア姉」」
「怖がらなくてもいいよ。この人はレジーナといって……」
「世にも恐ろしい魔女じゃ。お前らを食ってやるぞぉ」
「「ひゃん!」」
「ちょっとレジーナ。子供たちで遊ばないの。話が進まないでしょ」
レジーナの出した低い声に、2人は悲鳴をあげて完全に身を隠し、ブルブルと震えながらピアに抱き着く。
これでもか、と丸まった尻尾を見ながら獣人はわかりやすいのぅ、などとのんきに考えるレジーナをたしなめ、ピアは2人を落ち着かせるとレジーナの前に並ばせた。
「この子がカルロ、こっちの子がラウラ。見ての通り犬と猫の獣人だね。ほらっ、2人とも自己紹介」
「カルロ、です」
「ラウラ、だよ」
「レジーナじゃ。魔女ではないから安心するがよい」
おずおずとされた自己紹介に苦笑を浮かべながらレジーナがそう返すと、2人はほっとしたように表情をゆるめた。
内心、魔女ではないが元魔王じゃからな、などとレジーナは思っていたが、そんなことはおくびにも出さず2人の首を覆う金属製の首輪を眺める。
「従属の首輪か。見たのは久しぶりじゃな」
従属の首輪とは、一般的に犯罪者や奴隷などの行動を制限するために使われる道具だ。
首輪には魔力を登録することができ、登録者の魔力によって動作する。
首輪をはめられたものは、登録者の意に反する行動をすると首輪が締まっていき、最終的には息をすることができなくなり死に至る。
もちろんその前に行動を止めるため、死ぬような者はまれにしかいないが。
「ピアもやられたのか?」
「うん、人質をとられちゃって。はめられても後でなんとかなるかな、って思っていたんだけど、ちょっと無理だったよ」
「まあそうじゃろうな」
記憶の底から浮かび上がってくるほの暗い記憶を無理やり沈め、レジーナはカルロとラウラの首に手を伸ばす。
2人はびくっと体を震わせたが、2人の肩に置かれたピアの手が全く動揺していないため逃げることはなかった。
レジーナの白く細い指がその銀色の首輪に触れる。
その瞬間、2人の首筋に静電気のようなピリッとした痛みが走り、それに続いて外れた首輪が2人の体を伝って地面に落ち甲高い音を立てた。
「安物じゃな。我の手にかかればこんなものじゃ」
「さすがレジーナ。ありがとう」
信じられないものを見るように、落ちた首輪を見つめ自分の首をしきりにさわっている2人を優しく見つめながら、ピアはレジーナに感謝を伝えたのだった。
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