第22話 暇つぶしの日々の終わり
そしていくつもの季節が廻り、再び強い日差しの照り付ける夏がやってくる。
「ほんっとーにこ奴らは、その生命力を別のところで生かすことはできんのかのぅ」
毎日とっているのにも関わらず、翌日になるとこんにちは、と挨拶してくる雑草たちに愚痴りながらレジーナはそれを引き抜いていた。
その傍らでは鎧を脱いだウィルが、洞窟の入り口前の平らな岩に座ったまま目を閉じている。
基本的にウィルが動くことはない。するべきことのないときのウィルがそうであることを知っているレジーナがそれに文句を言うことはない。
ただ寝ているように見えて、声が聞こえているのも知っているため独り言のように話しているだけだった。
周辺の草むしりを終えて立ち上がったレジーナは、ぐぐっとその腰を伸ばして空を見上げる。
「今日も暑くなりそうじゃな。さて、我は少し出かける。ウィル、墓守をするのじゃぞ」
ウィルから言葉が返ってくることはなかったが、それはいつも通りのことであるので気にも留めず、レジーナは魔法で自分を宙に飛ばすと、上空でその向きを変える。
2人がローザの死を看取って15年が経ち、その間レジーナは約束通りレミの墓の維持管理を続けていた。とは言っても草むしりや生えてきた苔を掃除するくらいではあるが。
ただそれはほんのわずかな時間で終わってしまう。わざわざ手で草むしりをしてもそれは微々たる違いにすぎない。
はっきり言ってしまえば、レジーナは退屈だった。
かと言って人の街で暮らすことをレジーナは選ばなかった。
ウィルは積極的に人と関わろうとする性格ではなく、レジーナも自分から付き合う分には良いが、親しくない相手から来ると面倒だと思うタイプだ。
それに加え、レジーナとウィルの姿は変わらない。1つの街に長く居続けることはできず放浪を余儀なくされる。
それならばたまに街に顔を出す程度で引きこもった方がましだと判断したのだ。
だからレジーナは暇つぶしの方法を探した。その結果、行きついた先が……
「ふむ、今日はかかってはおらんか」
ふわりと地面に降り立ったレジーナは、周囲を見回しながらぽつりと呟く。
その視線の先にあるのは、森の中に突如現れた3キロに及ぶ石の防壁に囲まれた集落だ。そこには木組みの立派な家々が並んでいるのだが、人の気配は全くしない。
まるである日突然、村から人が消え去ってしまったかのような奇妙な光景である。
穏やかな風がレジーナの黒髪を揺らし、照り付ける日差しがその肌に突き刺さる。
しばらくの間、そうして村の様子を観察していたレジーナだったが、ふぅ、と息を吐くと再び魔法で空を飛び、次の目的地へと向かう。
しばらくそうして人のいない村を回っていたレジーナだったが、ある1つの村の上空でその口の端を上げる。
「やはりこの辺りはかかりが良い。さてはて、今日は何を狩ることができるかのぅ」
レジーナは、その村で1番大きな家の屋根の上に音もなく降り立つ。
そして家を見張っていた男と目を合わすと、にこりと微笑んでみせた。
「な、なんだお前は。どこから現れた!?」
「いや、お主らこそなんじゃ。我の村を勝手に使いおって」
驚き目を見開いた男が、背負っていた弓に矢をつがえてレジーナを狙うが、そんなことは関係ないとばかりに彼女はどっかりと屋根に腰を下ろす。
そのあまりにも不遜な態度にどうすべきか男が迷いを見せる中、その大声を聞きつけたのか家の中からぞろぞろと人が出てきた。
「どうした、ドワイト?」
「あ、あれ」
出てきた中でも最も体格の良い男の問いかけに、ドワイトと呼ばれた弓矢の男が屋根の上を指差す。
衆人の目がレジーナに集まり、その注目を浴びながらレジーナは首を傾げた。
「ふむ、まあまあ多いのぅ。しかし男ばかりとはむさいことじゃ」
「なんで子供がそんなところにいるんだ? 隠れていたってことか? おい、嬢ちゃん、お前が知っていること全部話せ。そうしたら命だけは助けてやる」
わざわざ『命だけ』の部分を強調する男の物言いに、周囲から下卑た笑いが湧き上がる。
それを見た瞬間、少し期待していたレジーナの気持ちは一気に冷め、その表情は見下すようなものに変わっていた。
「ちんた」
「貴様はまず、その汚い口を閉じるんじゃな」
「ら……」
男は続けてレジーナに言葉をかけてきたが、それは一節足らずで止まってしまう。
周囲の者どもがいぶかし気に視線を向ける中、その男の首はころりと地面に落ち、その首からは大量の血が噴き出した。
リーダーであった男の突然の死に、周囲の男たちの行動は2つに分かれた。それはなにもできずにおろおろとうろたえる者と、レジーナを明確に敵だと認識しその武器を向けようとした者だ。
「ふむ」
レジーナが人差し指を立て、そしてそれを曲げる。
その行為がもたらしたのは、赤い液体を噴き出す噴水をいくつも増設させると言うものだった。
地面に生暖かい液体が染み込んでいく中、即座に行動できずおろおろとしていたおかげで生き残った男たちが絶望の表情でレジーナを見上げる。
「この程度で戦意喪失するとは、お主ら仲間思いではないのぅ」
つまらなそうにそう呟いたレジーナは、くるりと体を回転させて屋根から飛び降りる。
そして男たちなどいないかのように家の中に入っていくと、その惨状を目のあたりにしてため息を吐いた。
この村を作るにあたって、レジーナは内装もしっかりと作りこんでいた。
人が来ればすぐに住めるように家具も用意したし、区画割した畑の土は苗を植えればすぐに育つ程度には整えられている。
レジーナが魔法を使い、全力で暇つぶしした結果なのだから、このくらいは当然だ。
だがその内装はわずか1週間で一変していた。
入ってすぐにある大部屋ではテーブルのみならず、床にもゴミや食器が散乱しており、喧嘩でもしたのか壁には大きな穴が1つ開いてしまっている。
ここまで汚すのは一種の才能だろう。そんな才能は全く羨ましくないが。そんなことを思いながらレジーナは次々とドアを開けて個室を確認していく。
その部屋も似たような状況だが、その荒れ具合の方向性は違った。
生臭い匂いが立ち込めるその場所には、ぼろくずのような姿になった女が横たわっている。
もはや反応すら示さなくなっている女に、腰を振っていた男の首を落とし、鼻をつまみながらレジーナは女の様子を確認する。
殴られでもしたのか腫れあがったその頬には、幾多の涙の跡が残っていた。
その瞳にはもはや何も映っておらず、レジーナの姿をただ反射しているのみ。その瞳をそっとレジーナは閉じさせてやり、そして弱弱しく今にも止まりそうになっていた心臓の動きを止めてやる。
ここまでの状態になってしまえば、
「お主は元魔王に命を奪われたのじゃ。下種な者どもの名がその身に刻まれることはないから安心して眠るがよい」
そう言い残すとレジーナは部屋を後にし、同じような惨状の広がる光景にため息を吐きながら処理をしていく。
そしてついに最後の部屋。どうせこの部屋も同じようなことが繰り広げられているのだろうと考えながらレジーナはドアノブに手を伸ばし、そこに鍵がかかっていることに気づく。
「ふむ」
魔法を使って気配を探ってみると、その部屋の中には何十人の人々が詰め込まれているようだった。
やっと違う光景を見ることができそうだとレジーナは、ドアのカギを魔法で無理やりこじ開け、ドアを開く。
その瞬間、レジーナの眼前に鋭い金属の刃が突き出された。
常人には捉えがたい鋭いその突きをかわし、それが小型のナイフであることを確認しながら後ろに退いたレジーナの前に1人の少女が立ちふさがる。
その少女はまだ十代半ばに見える幼い顔を歪め、頭についた丸い2つの耳をピクピクと動かす。
その体に比べ太く短い尻尾を警戒するように下げながら、その少女は視線だけで周囲の確認を終えると、その意識をレジーナに戻した。
「あれっ、レジーナ?」
そう口に出し、少女の顔から警戒心があっさりと消える。
彼女がナイフを腰の鞘に納める姿を眺めながら、レジーナは笑った。
「こんなところで会うとは偶然じゃな、ローザ」
「今はローザじゃなくてピアだけどね。久しぶり、レジーナ」
そう言って2人は軽い抱擁を交わしたのだった。
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