第21話 約束
小さな森のそばに建てられたその二階建ての家を、ゆっくりと朝日が照らしていく。
その家の手入れの行き届いた庭には花が咲き乱れ、いつか主がそれを愛でる日が再び来ることを心待ちにしていた。
朝日が2階の一室の窓を照らし、部屋の中に差し込む。そしてその光はベッドで横になっていた老女の横顔を浮かび上がらせた。
そしてゆっくりと老女がその瞼を開けていく。
「ふむ、まだ生きておるようじゃな」
聞こえてきた、とても失礼な言葉に苦笑しながら、老女はゆっくりと首を動かして声のしたほうを向く。
そこにはいつもと変わらぬ黒髪の少女がおり、彼女は椅子のうえでジャーキーを咥えながらあぐらをかいて暇そうに老女のほうを見ていた。
「お行儀が悪いわよ、レジーナ」
「我は寝たまま会話するローザのほうが悪いと思うがのぅ」
「ふふっ、それはそうね」
言葉では笑いながらも、その老女、ローザの顔はほとんど動いていない。
長年酷使しすぎたせいか、ローザは体を動かすことがほとんどできなくなっていた。
普通に食事をとることも出来なくなり、使用人たちの懸命な看病のおかげで命を長らえているが、それがほどなく終わるだろうことをローザは理解していた。
「ねぇ、レジーナ」
「なんじゃ?」
「私、今度はちゃんと大切な人を守れたわ。あなたたちが助けてくれたおかげよ。ありがとう」
素直なローザの感謝の言葉に、レジーナの頬がわずかに赤く染まる。
そしてそれを隠すようにレジーナは視線をローザから外すと、まるで部屋の飾りかのように全く身動きしていない黒い全身鎧姿のウィルへ視線を向けた。
「ウィル、お主、返事くらいせい」
「そうか。……感謝の必要はない。俺はお前の道に続いただけだ。道を誤らず、進んだ自分を誇りに思うがいい」
「そっか。でも、やっぱりありがとう。私が進み続けられたのは2人がいたからだよ」
そう言うと、ローザは疲れたように深い息を吐いて言葉を止める。
それは、さらさらと砂時計が落ちていくように、ローザの残りの時間が減っていくことを感じさせた。
「最後に、もう一度レミ母さんのお墓にお参りに行きたかったな」
窓の外、見えないその先にあるレミの墓を思い出し、ローザがぽつりとこぼす。
毎年恒例となっていた3人での旅は、ローザにとってとても大切で楽しい時間だった。
それは王族ではない、1人のローザに戻れる時間。彼女にとってかけがえのない宝物だったのだ。
「旅の予定は1か月後じゃったな。お主のせいで、今年は2人旅じゃ」
「それはそれで楽しいと思うよ」
「墓周辺の草むしりを我がするのじゃぞ。我の魔法を凌駕する、あ奴らの生命力はなんとかならんのか?」
「ふふっ、頑張って」
しんみりとした空気をまぜっかえしたレジーナに、ローザが微笑みを浮かべる。
レジーナはどこか偽悪的なふるまいをすることが多いが、その根底にある優しさを付き合いの長いローザは知っている。
そしてただ黙って立っているだけに見えるウィルが、自分のことを大切に思ってくれていることも理解していた。
自分の最後のときを、この2人が見守ってくれる。その幸せを感じながらローザはゆっくりと細く息を吐いた。
だんだんと感覚が薄くなり、視界がぼんやりとしはじめる。とくとくと動く心臓の鼓動がゆっくりになっていくのを感じながら、ローザは穏やかな笑みを浮かべた。
そんなローザの幸せそうな笑顔を眺めながら、レジーナが告げる。
「仕方ないから、お主が来るまでレミの墓の管理はしてやるのじゃ。とは言っても、我の管理は適当じゃからのぅ。心配なら早く来ることじゃな」
「う…ん。あり……」
最後まで言葉を紡ぐことなく、ローザは穏やかに息を引き取った。
レジーナはふぅ、と小さく息を吐くと、椅子から立ち上がってそのそばに寄り、ローザの姿を整えてやる。
しわが刻まれ、艶やかな金髪もどこかくすんでしまっていたが、その姿はとても美しかった。
レジーナはしばし目をつむって黙とうし、ウィルもそれに追随した。
2人の親愛なる友人が向かった新しい旅路が、良きものであることを願って。
窓から差し込んだ朝日がローザの全身を照らしていく。
まるで天に祝福されたかのような温かい光の中で眠る彼女に2人は別れを告げ、使用人たちに気づかれないように屋敷を後にした。
その後、なぜか全員が寝坊してしまい、慌てて部屋にやってきた使用人により、ローザの死は発見された。
その訃報は瞬く間にデリク王国中に伝わり、国は大きな悲しみに包まれたという。
初夏にさしかかる強い日差しの中、レジーナとウィルは街道を進んでいた。
数十年。長き時を生きる2人にとっては、わずか、と言っても過言ではない時間だが、だからと言って何の感傷も覚えないということはない。
無言のまま歩いていたウィルが、ぽつりと漏らす。
「俺の役目も終わったな」
「むっ、なんのことじゃ?」
「ローザが死ぬまでは付き合うと約束をしただろう。逆にお前はこれから墓を守るという約束をしていたから、役目が続くわけだが」
2人が向かっているのは、レミの墓があるあの洞窟の前だ。
これまで数十年は、ローザに付き合うためにデリク王国内を適当に見て回っていた2人であるが、亡くなった今、何かを調べて欲しいと頼まれることも、何かを買ってきてほしいとお願いされることも、一緒に旅をすることもなくなった。
2人が積極的に人と関わる必要がなくなってしまったのである。
ウィルに比べ好奇心の強いレジーナでさえ、おそらく嗜好品を買いに行くときぐらいしか人里に降りることはなくなるだろう。
そして今後の永遠とも思える時間を、レジーナはレミの墓守として過ごすことになる。
それはきっと、いつかデリク王国が滅亡したとしても変わらない。
「なんとかなるじゃろ」
「そうか」
両手を組んで後頭部を支え、のんきそうに歩き続けるレジーナの姿に、ウィルがふっ、と小さく笑みを漏らす。
そんなウィルの姿に、このわずか数十年でずいぶん棘がとれたもんじゃ、とレジーナは内心思いながら
「まあ、そのうち来るじゃろうしな」
と小さく呟いたのだった。
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