第18話 勇者にはならずとも
王都マデリクは数百年に及ぶ長い歴史をもっており、その区画は3つに分かれている。
街の中央には王族が住む王宮とその関連施設が、その周囲にはそれを補佐する貴族が住む貴族区が築かれている。
そして最後の1つである王都の外縁部、通称一般区と呼ばれることの多い庶民が住む区画をレジーナたちは中央に向かって歩いていた。
「ふむ、だんだんと建物が豪勢になってきたのぅ」
「……」
レジーナたちが宿をとった国の一番外側と比べ、貴族区に近くなるほどに立ち並ぶ家々の様子は大きく、綺麗なものに変わっていった。
機能性重視から、装飾などの見た目も考慮した造りへ。通りを歩く人々も普段着から少しおめかしした格好に変わっている。
外縁部ではひっきりなしに聞こえた呼び込みの声もなく、身なりの整った店員は静かにやってくる客を出迎えるため待機していた。
そんな中を歩くレジーナたちは密かに注目を集めていた。
なにせ豪華な鎧を着た屈強な騎士が、粗末な服を着た少女に付き従っているのだ。どれだけ礼節を教えられようとも、人としての好奇心がなくなるわけではない。
2人にはどんな事情があるのだろうか。様々な妄想を頭の中で描きながら、その視線は2人の歩く姿を追っていた。
そんな人々の耳目を集めながら歩くこと十数分、2人はやっと目的の店の前にたどり着いた。
まだ木目も新しいその店は、周囲の歴史ある店たちと比べればある意味で劣っているように見えなくもない。
しかしそのモダンな雰囲気と、前面が鏡張りにされた開放的な店構えからは新しい風を感じられた。
その店内には外から見ただけでも十人を超える客たちがおり、周囲の他の店が片手の指で数えられる人数しかいないことを考えると、民衆からの支持が厚いことがわかる。
テルン商会と書かれた木の看板を眺め、レジーナは止めていた足をそちらに進めた。
「いらっしゃいませ。当店はお客様にごゆるりと見ていただくことを第一に考えております。なにかございましたらお近くの店員までお申し付けください」
「うむ」
入口付近に待機していた女店員から、簡単な説明を受けたレジーナはぐるりと店内を見回す。
棚にはドライフルーツから宝石、小綺麗な服から重厚そうな鎧まで各種様々な品が並んでいる。
この辺りの店は服飾関係ならそれのみというように、狭く深く品を取り扱っていることが多いのだが、このテルン商会は逆に広く浅く品を取り扱っているようだった。
レジーナはとことこと店内を歩いていき、今回の目的である装備などが並べられた区画にたどり着く。
店内の一区画ということで、そこに並んでいる装備の数はそれほどではない。専門の良心的な店に行けばより良い物を見つけられるだろう。
だが見た目だけを気にしているレジーナにとっては、ある程度の品質の装備である。それだけで十分だった。
「ふむ。限定したある程度の品質の物を、他店より安価に売るか。利は少ないが、良い評判が広がれば、マットのように仲間に勧める者も出てくるから数は確保できる。後は……あらかじめ決めた品を大量発注することで仕入れ値を抑えたのかものぅ」
「ほう。お嬢さんはなかなかに商売の才がおありのようですね」
「むっ?」
着心地のよさそうなローブを手に取って眺めていたレジーナに、突然背後から声を掛かる。
振り向いたレジーナの目の前には、にこやかに笑う初老の男と、その背後に控える男女の店員がいた。
まだ子供に見えるレジーナの顔を見た初老の男はわずかに目を見開く。しかしその動揺はすぐに奥に消えていった。
「そのローブをご希望なのですか?」
「うむ。だが我には少し大きすぎるのでな。サイズ調整などは店員に言えばよいのかのぅ?」
「はい。もしよろしければお伺いいたしますが?」
「商会長自らそんなことされなくても、我々が……」
「お客様の前では私もただの店員ですよ。それに、我々にとってはいつものことであっても、お客様にとっては大切なお買い物。そんなこと、と考えてはいけません」
「は、い」
穏やかに諭す商会長の言葉に、レジーナの対応をするために一歩前に進み出た中年女性が肩を落としながら引き下がる。
商会長は、彼女から視線を外すと、再びレジーナに向き直り頭を下げた。
「失礼な対応、大変申し訳ございません。お詫びと言ってはなんですが、その商品についてはお値引きをさせていただきます」
「それはありがたいのぅ。路銀に余裕があるわけでもないし、ローザが喜びそうじゃ」
「ローザというと、このたび勇者候補生に任ぜられたローザ嬢のことですかな? 第二王子のベネディクト様に求婚されたと聞いておりますが……」
「なんじゃと!?」
レジーナはウィルに思わず視線を送るが、ウィルは首を横に振るだけだった。2人はずっと一緒にいたのだから当たり前だ。
「すまぬが、宿に戻る。正式な代金は後で払うが、これは手付けじゃ」
そう言ってレジーナは腰につけていた小袋から薄紫の小石を取り出し、商会長に手渡す。
そしてその小石を見ながら呆気に取られている商会長を残し、2人はテルン商会を後にしたのだった。
王都の大通りを人々が驚くような速度で駆けて宿に戻った2人は、階段を駆け上がり自分たちの部屋のノブに手をかける。
出かけるときにはかけてあったはずの鍵は既に開いており、抵抗なく下がったノブを押してレジーナが部屋の中に入っていく。
「ローザ」
「あっ、レジーナ、ウィル。おかえりなさい」
部屋に備え付けの椅子に座り、物憂げに外を眺めていたローザが視線を向けてくる。
それを見つめ返しながら、レジーナは歩を進めていった。
「第二王子に求婚されたと聞いたが、それは本当かのぅ?」
「えっ、うん。もうそんなに広まっているの?」
「いや、たまたま知り合った事情通の男に聞いただけだ。街ではそんな話は耳にしていない」
帰りがけ、ウィルは走りながら街の人々の話に聞き耳を立てていた。だが、そういった類の話は一切聞こえてはこなかったのだ。
第二王子からの求婚ともなれば、王家の一大事。そんな話が伝わっていれば噂好きの人々が口に出さないなどありえなかった。
それを考えれば、今は本当にごく一部の人間にしか伝わっていないのだろうと推測できる。
ほっ、と胸をなでおろしたローザの姿に、レジーナがわずかに表情を厳しくする。
「ローザにとって、どうなのじゃ。第二王子からの求婚というのは?」
「えっ、うん。悪くない話だな、とは思っているよ。突然のことすぎて、どうしていいのかよくわからないけど」
「まあそうだろうな」
「側室っていうのかな。いちおう第三夫人になってほしいと言われた。そして、勇者を産んでほしいって言われたよ」
「勇者を産む、とな?」
「うん。殿下自身かなりの武人らしくて、強い妻と子を成せば戦いの才のある子供が産まれるんじゃないかって考えてるらしいの。第一夫人は騎士、第二夫人は私と同じ冒険者みたい」
「かなりの変わり者じゃな」
「うん、そう思う」
困ったように笑いながら、再びローザが視線を窓の外に向ける。
遠くを見つめるその瞳には困惑の色が濃く出ていたが、そこに悲壮的な感情が宿っていないことにレジーナは気づく。
ふぅ、と息を吐いたレジーナはそばにあったベッドに腰掛けると、片肘をついてレジーナを見上げる。
「受けるつもりなのじゃな?」
核心をついたその質問に、目をわずかに開いたローザがゆっくりとレジーナに向き直る。
そして自身に問いかけるようにしばしの間目を閉じ、そしてこくりと小さくうなずいた。
「殿下とね、王太子妃のお二人とお話ししたの。魔王がいつ現れ、侵攻してくるかわからない今、本当の勇者を、そうでなくても戦いの才のある者を少しでも増やす必要があるって」
「まあ道理じゃな。そんな都合よくいくかは知らぬが」
「かもね。でも少なくとも殿下は本気だった。それに内々にだけど王位継承権も放棄しているんだって。これから私は色魔の汚名を負うことになる。そんな者が王では国が困るだろうって笑ってたよ」
「そうか」
ウィルは短くそれだけ答え、再び口を閉ざす。それはもはやこれ以上言うことはないという意思の表れだった。
レジーナはそんな彼の態度にため息を吐くと、静かにレジーナと視線を合わせる。
レジーナの話から考えれば、その第二王子はこれからも強い女を妻に迎え、子供を産ませていくつもりなのだろう。
王位継承権を手放しているとはいえ、王族の妻であるため粗末な扱いはされないとは思われるが、一般的な夫婦生活とは言えないものになるだろうことは容易に想像がつく。
魔王に対抗するための人材を産むためだけの存在。他人から見ればそれでいいのかと思われかねないだろう。そこに幸せがあるのかさえ定かではない。
しかしレジーナを見つめ返すローザの瞳には、2人に話したことで固まった静かな決意が宿っていた。
「ならば我からはもう言うことはないのぅ。お主の人生はお主のものじゃ」
「ごめんね、2人とも。せっかくついてきてくれたのに」
「別にいい」
「まあ暇つぶしのようなものじゃしな。お主が死ぬまでは適当にこの国で過ごしておるから、何かあったら呼ぶがよい」
「ありがとう。じゃあ私、行ってくる。あんまりお待たせしても悪いしね」
立ち上がったローザは2人に向けて笑顔を浮かべると、そのまま部屋を出ていった。
迷いのないその足取りが切り開く未来が明るいものであることを祈りながら、レジーナはその体をけだるげにベッドに倒したのだった。
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