第17話 2人きりのお出かけ
そして両手を軽く上げて敵対する意図はないと示しながら、男は3人に近づく。
「俺は、マット。この商隊の護衛冒険者だ。見たことない顔だが、あんたらも冒険者ってことでいいんだよな」
その言葉に、レジーナとウィルが顔を見合わせ、そして同時にローザに視線を向ける。
2人の視線を受けたローザは、苦笑しながらマットに近づき手を差し出した。
「ローザです。お見込みのとおり冒険者で、リーフェットを拠点に活動していたんですが、最近こっちにやってきました。この2人は仲間のレジーナとウィル」
「どうも、の」
「……」
座ったまま軽く手を上げて返すレジーナと、無言のまま仁王立ちするウィルという対照的な2人を男は眺める。
そして視線をローザに戻し、何とも言えない表情を彼女に向けた。
「なんか、あんた苦労してそうだな」
「そんなこと……ないですよ」
「おい、ローザ。なんじゃその間は。ウィルはともかく、我は迷惑をかけてはおらんぞ」
「歩くだけでトラブルを招くお前にいわれる筋合いはない」
「なんじゃと? 我のおかげで食事が旨くなったことを忘れてはおらんじゃろうな」
「食事など栄養になればよいのだ」
「なんじゃとー」
まるでじゃれあうように喧嘩を始めた2人を、ローザは見つめる。
ここに来るまでの道中、モンスターに襲われたり、命の危険にさらされるようなトラブルには無縁だった。
だが立ち寄った街などにおいて、2人が引き起こした大小さまざまなトラブルがローザの頭の中を駆け巡っていく。
それらは全て2人が悪意をもって引き起こしたものではなく、好奇心や勘違いからくる行動、常識や認識のすれ違いなどによるものではある。
だが、だからと言ってそれらをフォローするローザに全てを飲み込めというのは虫のよすぎる話だろう。
そしてそんな旅路は、ローザにある力を与えていた。
「うぎっ」
「むっ」
やいやいと騒ぎ続けるレジーナの頭と、それをぽつりぽつりと返しながらも止めようとしないウィルの頭をローザが続けてはたいていく。
その動きは目にも止まらぬほど早く、常人の目では追えないほどだった。
「いい加減にしましょうね、ふ、た、り、と、も」
「うむ」
「我は間違ったことは言って……」
「レジーナ」
ゴゴゴゴという文字を背負っているかのような威圧感を覚える笑みを浮かべるローザの様子に、レジーナが自らの口を両手でふさぐ。
そんな3人のやりとりをマットは微笑ましそうに眺めていた。
「仲がよさそうで何よりだ」
「飽きはしませんけどね。そういえばマットさん。この列の具合だと王都に入るのにどのくらいかかるかわかりますか?」
「んー、この時間にこの辺りだと……今日は門の外で野営ってところじゃないか?」
「やっぱりそうですか」
列の長さと先ほどからの人の進み具合で半ば予想していた答えではあったが、それはため息を吐かせるのに十分な事実だった。
「その反応からすると、ローザさんたちは王都初めてか?」
「ええ、まあ」
「王都は魔王が現れてから審査が厳しくなってな。俺たちのような普通の奴らは足止めを食らうのが当たり前になっちまったんだ。例外と言えば……おっ、あれとかだな」
マットが指さした先には、まるでローザたちが並んでいる長い列などないかのように城壁の門に進んでいく1台馬車があった。
それは2頭の馬にひかれた幌馬車であり、それだけであればマットが載っている馬車も同じである。
しかしその馬の体躯が軍馬であるかのように強靭な体つきをしており、荷を運ぶ幌馬車であるのにそのボディには精緻な飾り彫りがほどこされていた。
3人と目を合わせた御者台に座っていた若い男が、目を細めながら鼻で笑う。
その尊大な態度は、お前たちと俺とは違うんだ、といわんばかりのものだった。
「気に入らんのぅ」
ぽつりと呟いたレジーナがその人差し指を立てる。
そしてくいっとその指を曲げると、馬車の車輪が跳ね飛ばした小石が急カーブを描いて御者の男の頭に当たった。
痛みの走った頭を押さえ、御者はきょろきょろと左右に視線を振るが原因がわかるはずがない。しばらくすると御者は視線を前に戻し、小さく笑みを浮かべたレジーナの横を通り過ぎていく。
その馬車の幌には、黒い円の中に4つの花弁をもつ花が描かれていた。
「あの馬車は、テルン商会のものだな。十数年前に王家の御用商人に選ばれた結構手広くやってる商会だ。庶民向けの店もあって、品は確かで値段はそれなりだから、目利きができないなら利用するといい」
「お主、詳しいのぅ」
「長年王都を拠点にしてきたからな。この時代、情報収集できない冒険者は死ぬぜ。昔はただ強ければよかったんだが、そういう奴らは皆いなくなっちまった」
ふっ、と息を吐き、目を細めたマットが寂しそうに空を見つめる。
その視線の先に、誰を思い描いているのか3人にはわからなかったが、それがきっとマットにとって大切な人だったのだろうということは察せられた。
少ししんみりとした空気が流れる中、レジーナはジャーキーを切り出し、もう1切れをマットに向けて放り投げる。
「それの礼は王都の情報でどうじゃ? 世間話ついでに安心な宿でも教えてくれればよい」
「あっ、それはいいね。下手な宿に泊まると大変なことになるし。どうですか、マットさん?」
「んっ、それでいいならいいぞ。暇つぶしになるしな」
その後しばらくの間、ローザたちは情報交換を続けていったのだった。
門の外で一夜を明かし、やっとのことで王都マデリクの中に入った3人は、マットから聞いた大通りから一本奥に入った宿をとった。
そしてローザはレジーナたちを宿に残し、王都の冒険者ギルドに出かける。そこで王都への到着報告と、勇者候補生に任命される日程を調整するのだ。
残されたレジーナとウィルは、しばらくの間そのまま時間を潰していたのだが……
「暇じゃ」
ベッドに寝転がっていたレジーナが、がばっとその体を起こす。
ローザが宿を出て行って既に5時間以上経つ。日は頂点を通り過ぎ、午前は差していなかった直射日光が窓から入ってくるようになっていた。
「待て、どこへ行く」
「散歩じゃ。せっかく王都に来たのじゃから、ぶらぶらするぐらい良いじゃろ」
靴を履き、立ち上がろうとしたレジーナを制するようにウィルが声をかけたが、そんなことをレジーナは気にする様子もない。
軽く手を振って返事をすると、彼女はそのまますたすたと歩いて部屋を出て行ってしまった。
部屋に残されたウィルはしばし思案し、軽くため息を吐くと後を追って歩き出す。
「なんじゃ、ウィルも来るのか?」
「お前を1人にすると何が起こるかわからんからな」
「失礼な奴じゃな。我はウィルよりは世情には詳しいぞ」
「何百年前の話だ」
ウィルのツッコミに、レジーナは軽く肩をすくめるだけで答え、2人は連れだって宿の外に出た。
魔王が出現し、人類が脅威にさらされている最中であっても、王都には多くの人々がおり、その喧騒がやむことはなかった。
歴史を感じさせる2階建てや3階建ての建物が並ぶ大通りを、興味深そうに視線を振りながらレジーナが歩いていく。
ウィルは少し渋い顔をしながらその後をついていくが、レジーナの足向きが明確であることにすぐに気づく。
「目的地があるのか?」
「昨日、冒険者のマットとやらに教えてもらった店があるじゃろう? せっかくだし我の装備も少しはマシなものにしようかと思っての」
「ああ、テルン商会だったか?」
「うむ。おぬしらの装備に比べて、我のものは適当にそろえただけじゃったし、また小間使い扱いされてはかなわぬからな」
ふんっ、と鼻を鳴らしたレジーナがずんずんと歩いていく。
勇者候補生に選ばれるだけあってローザの装備はそれなりの物であるし、ウィルが今身に着けている全身鎧は、レジーナ特製の一目で高級な品とわかるものだ。
一方、レジーナが身に着けているのは、身動きはしやすいが防御力などほとんどない普通の布製の旅装だった。
それはここに来るまでに寄った街で、適当に買った物である。
ひらひらと歩くのに合わせてスカートが揺れるその姿は、レジーナの外見に似合ってはいるのだが、2人と一緒にいると場違い感は否めない。
少なくとも勇者候補生の仲間とは思われないであろう格好だった。だからこそマットもレジーナのことを小間使いだと勘違いしそうになったのだから。
レジーナにとってその装備が敵の攻撃を防ぐことができるかどうかなどに興味はない。
だが、小間使いに思われている、それは看過できない事実だった。簡単に言えばむかついたのだ。
周囲に視線をやり、表情は楽し気にしているが、その足並みがいつもよりわずかに速いことにウィルは気づいていた。
それはこれ以上侮られないためにも早く着替えたいというレジーナの心の表れだ。
どこか子供っぽいレジーナの姿に少し目元を細めながら、それ以上何も言わずにウィルはその後をついていった。
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