第16話 王都マデリク
荒れ果てた、かつては道であったものを歩き続けることおよそ10日。ローザたち3人はやっと普通に馬車が行きかうことができるほどに整備された道にたどり着いた。
とは言ってもそこはまだ街を結ぶ街道の途中である。目に見える範囲には休憩所代わりの粗末な建物しか見当たらず、人の姿はまるでなかった。
「ふぅ、やっと抜けたか。しかし本当に何もないのぅ」
「いちおう昔はこの辺りに薪の集積場を兼ねた小さな村があったらしいよ。私の村で採れる薪は良く燃えて長持ちすると人気だったんだって」
わずかに誇らしげに胸を逸らし、ローザが笑う。
もしかしたらあの休憩所が村の名残なのかもしれない。そんなことを考えながらレジーナは東西に走る街道を見つめる。
「で、そのマデリクとやらはどっちなのじゃ?」
「王都はあっちだね。逆方向に行けば1時間くらいで別の街があるけど、どうする?」
「俺は必要ない。こいつもな。ローザの体調しだいだ」
「では、王都に向かいましょう。だいぶ寄り道をしたし。2人が野営してくれるから寝不足じゃないし、モンスターにも襲われなかったからまだまだ体力はあるしね」
ふんっ、と力こぶしをつくって元気であることをアピールするローザに苦笑を返しながらレジーナは軽く指を振る。
森の中から何かがどさりと倒れた音が響いたが、その音がローザまで届くことはなかった。
交易のために人が通るように作られた街道はさすがに歩きやすく、夕暮れまでに3人はかなりの距離を稼ぐことができた。
元々ローザが背負っていた大きなリュックをウィルが担いでいるため、その歩みが早かったというのもあるだろうが。
夕闇の中、ローザは1人で夕食を食べ、レジーナの魔法によって整地された地面に布を敷いて毛布にくるまり眠りについた。
パチパチとはぜる焚火の音と虫の声が響く中、レジーナとウィルは2人でゆらゆらと揺れる炎を見つめる。
「ずいぶんと過保護だな」
「なにがじゃ?」
「森の中で俺たちを狙っていたモンスターのことだ。魔法で倒しただろう」
ウィルの指摘に、レジーナはわずかに口の端を上げる。
そう、ここに来るまでの間、3人は幾度となくモンスターの襲撃を受けそうになっていた。
しかしレジーナが張り巡らせた探知魔法にひっかかったものは、全てレジーナの魔法によって排除されており、それらが視界に入ることさえなかったのだ。
そのことにローザは気づいていないが、ウィルにまで隠し通せるものではなかった。
「こやつはある程度の強さがある。今更雑兵と戦わせても意味がないからのぅ」
「確かにそれは一理あるが、それだけではないだろう」
「まあの。本音を言えば代わり映えのない山道に時間をかけるのも面倒だっただけじゃ」
その答えを聞いたウィルが渋い顔でレジーナを見つめ返す。
その顔は如実にそれだけではないだろう、と物語っていたが、レジーナはそれ以上口にするつもりはなく視線を空に向けた。
久々の開けた視界で見る夜空には幾多の星が瞬いている。それははるか昔、レジーナがレジーナでなかったころと変わりない光景だ。
変わりゆく世界の中で、何度、いや何千と見つめても、変わらぬ姿を見せ続けた夜空をレジーナは忘れていない。
「さて、我は少し狩りでもしてくる。我らは食べなくても問題ないが、食事のたびに謝られるのも心苦しいからのぅ。ウィル、ローザのことを頼むぞ」
「ああ」
「襲うなよ」
「さっさと行け」
不敵に笑いながら音もなく立ち上がり、そして闇に溶けるようにして消えていったレジーナの姿をしばらく見つめ、ウィルは視線をローザに移す。
毛布にくるまり猫のように丸くなったローザはすやすやと眠っており、起きるそぶりはない。
寄り道の遅れを取り戻すためか、かなりの速度で歩いていたのでその疲れもあるのだろう。
穏やかな寝息を立てながらわずかに上下する毛布からは、モンスターの革製の服が見え隠れしている。それは下位のモンスターの攻撃などでは傷つきもしない高価なものだった。
毛布の傍らには剣が置かれており、なにかが起きても即応できるようにというローザの意思がそこには現れている。
今はそれが当たり前の世の中なのだ。
「新たな魔王か」
遠くに視線をやり、ウィルがぽつりと呟く。
魔王の存在は人類にとって脅威だ。ただこの世に存在するだけでモンスターが強化されるというだけでも厄介なのだが、最も大きな問題点はそこではない。
魔王とは魔を統べる王。王であるからには、そこには統べられる臣下がいるのだ。
魔王は自らの目的のために臣下を伴い、軍として人類と争いを始める。その先に待つのは血に染まりゆく大地の拡大のみ。
だがローザの話を聞く限り、現状起こっているのはモンスターの脅威のみであるという。それがウィルには奇妙に思えた。
本当に魔王が18年前に現れたのであれば、とっくの昔に人と魔王の全面的な戦争が始まっていてもおかしくないからだ。
「雌伏にしては長いが……いや、考えても仕方のないことか」
「んっ、ん」
寝返りをうったローザの体が、毛布からはみ出す。
安心しきったような穏やかな寝顔のローザは、それでも全く起きる気配がない。
ウィルはそんな姿に苦笑いしながら、そっとめくれた毛布をかけなおしてやったのだった。
街道沿いの村や町をいくつも通り過ぎ、3人が王都マデリクにたどり着いたのはおよそ1か月後のことだった。
その旅の経過は順調すぎるほど順調であり、魔王の現れた世界を良く知るウィルからすれば本当に新たな魔王が現れたのだろうかと思うほど安全な旅だった。
「ふぅ、やっと着いたね」
「その言葉はこの長い列が終わってから言うのじゃな」
王都は、10メートルはあろうかという強固な防壁で囲まれており、中に入るには兵士に守護された門を通る必要があった。
3人の前には王都に入るための審査を受ける人々がつくる長い列があり、その進みは遅々としたものだった。
現在はまだ昼を少し過ぎたところだが、どう考えても夜までには入ることはできそうにないと理解したレジーナは憮然とした表情で地面にどっかりと腰を下ろす。
「一度審査を受けて入ってしまえば、それ以後の出入りは楽らしいよ。特に私たちみたいな冒険者は」
「ローザ、お前は勇者候補生に選ばれてここに呼ばれたのだろう。それを知らせればすぐに入れてもらえるのではないか?」
「私はそうかもだけど、でもせっかくだから皆で入りたいし。並べばいいよ」
そう言ってにこりと笑ってみせたローザの姿に、レジーナが少しばつの悪そうな顔をして顔をそらす。
そして途中に寄った街で買った荷袋の中をごそごそと漁り始めると、その中から取り出したイノシシ型のモンスターの肉で作った燻製を取り出した。
その燻製肉の一部をレジーナはナイフで切り出し、そのうちの1切れをローザに放る。
「暇つぶしに食べるがいい」
「うん。ありがとう、レジーナ」
「ふんっ」
難なくそれを掴んだローザに礼を言われたが、レジーナは軽く鼻をならして大きめに切ったジャーキーにかぶりつくだけで返事はしなかった。
そんなレジーナをローザは優しく見つめる。その視線はまるでわがままな妹を見守る姉のようであった。
「おお、いいもん食ってんな。俺にも分けてくれよ」
「んあっ?」
背後からかかったぶしつけなセリフにレジーナが振り返ると、中年のさえない男がこちらを見つめていた。
大きな荷馬車の背面に座ったその男は剣をかぶいており、その体つきもそれなりに鍛えていることのわかる筋肉質なものだった。
荷馬車からのぞく満載の荷物から考えて、商人の護衛か荷物番かどちらかか。そう推測したレジーナはジャーキーを切り出すと、それを手に持って左右に振る。
「対価はなんじゃ?」
「そこはお近づきの印にって、無料で渡すのが人間関係を円滑にするとおっさんは思うぜ」
「人間関係でお腹は膨れぬしのぅ」
「そこはほら、もしかしたら相手がおごってくれるかもしれないだろ」
そう言って肩をすくめる男を眺め、レジーナがふっ、と笑うとジャーキーを放り投げる。
急に声をかけてきたので少し警戒したのだが、男の目的がただの暇つぶしだと理解したからだ。
別に男は本当にジャーキーが欲しいわけではない。この会話自体が目的だったのだ。
だからあえてレジーナはジャーキーを男に投げた。きっとその方が面白いと思ったからだ。
男は少し意外そうな顔をしながらジャーキーを掴み、それを口の中でもごもごと味わう。
「この癖のある味……カイデファングの燻製か? もう少し辛みがある方が好みだが、なかなかの味だ。酒が欲しくなる。嬢ちゃんのお手製か?」
「まあの」
短く答えたレジーナを男はしばらく眺め、続いてそばに立つローザとウィルに視線を移す。
「お忍びの貴族と護衛、そして小間使いって訳じゃねえよな」
「貴族と間違われるなんて光栄じゃな」
「いや、嬢ちゃんじゃねえよ。というかわかってて言ってるだろ。光栄だなんて微塵も思ってない顔しやがって」
ニシシと悪い笑顔を浮かべるレジーナにツッコミを入れながら、男がぴょんと馬車の荷台から飛び降りた。
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