第14話 旅への誘い
「えっ?」
「なにを言っているのだ、貴様は?」
「んっ? 旅に連れて行ってほしいと言ったのだが、頭だけでなく耳まで硬くなって聞こえなかったか、ウィル?」
「そういう意味ではない!」
バキバキと体を鳴らしながら、ウィルがその手をレジーナに伸ばす。
長い期間、少しずつ積り硬質化していた砂やほこりなどの層にひびが入り、その欠片がぽろぽろと地面に落ちていった。
そんなウィルの姿を眺め、レジーナは楽しそうに笑う。
「我を縛るものはもはやない。まあ一部力は失ったが、それは我にとってはどうでもよいものだしのぅ。特にやることもないからここにいたが、せっかく転生者に会えたのじゃ。それをむざむざ死なせるほうがもったいないじゃろ」
「死ぬって……」
「いや、死ぬじゃろ。それがわかっておるからお主もここに来たのではないか?」
問い返すレジーナに、女は反論できず口をつぐむ。
魔王が出現したことにより、モンスターの力は強化されている。女にとっては生まれたときからそうであるため実感はあまりないのだが、女に剣術を教えてくれた先生に言わせるとかなりの差があるようだった。
以前はただの村人でも対応できていたような弱いモンスターが、現在では兵士と対等に戦うといえばその強化のされ具合がわかるだろう。
人類は劣勢であるが、ただ黙ってそれを受け入れているわけではない。それを打開するために様々な手が打たれている。
女が選ばれた勇者候補生という制度もその1つだ。
モンスター討伐を生業としていた実力のある冒険者を勇者候補生として認め、ある程度の利益を与える代わりに魔王を探索させる。
魔王が発見されたら戦力をそこに集中し、この劣勢を一気にひっくり返そうという計画の元で作られたのがこの制度だ。
ただその手が打たれてから既に10年。魔王に関する手がかりは全く得られず、その役割は少しずつ変化していた。
魔王の発見から、生存圏を維持するための都合の良い捨て駒へ彼らの立場は変わり、冒険者の間では勇者候補生に待つのは死のみと噂されるようになっていったのだ。
むろんそんなものに積極的になろうとする冒険者は数えるほどだ。
命の危険があるモンスター討伐という仕事をしているからこそ、その強化のされ具合を実感している。その選択がどれだけ自らの死の確率を上げることになるのか彼らは理解していた。
理解しているが、あくまで冒険者たちは個人であり、その相手となるのは国である。目をつけられた時点で、回避する方法などほぼなかった。
完全に立ち上がったウィルがフルフルとその体を震わせると、全身からボロボロと固着していた欠片が落ちていく。
それを手で払って自分につかないようにしながらもそこを離れようとしないレジーナを見つめながら、女は考え続けた。
そして1つの仮説にたどり着く。それは女にとって都合の良い未来のようにも思えたが、それでもその可能性に女は賭けてみたくなった。
「わかったよ。私の目的は理不尽な目にあう人々が少しでも減るようにすること。それに協力してくれるなら」
「青いのぅ。まあ、この洞窟にばかりいるのにも飽きてきたところじゃしな。お主を守るついでに、手伝ってやろう」
レジーナが腕を組み、尊大な態度で言い放つ。華奢な少女の外見とは似つかわしくない言葉だったが、そこに違和感はなかった。
2人は目を合わせ、そしてほぼ同時にウィルに視線を向ける。
今まさにレジーナの肩を掴もうと思っていたウィルに2人は同時に言い放った。
「で、ウィルはどうするんじゃ?」
「で、ウィルさんはどうしますか?」
「むっ」
2人から問われ、伸ばした手もそのままにウィルが動きを止める。
魔王を封じ込める。それだけのために長い時を過ごしてきたウィルだが、今やその役目を果たす意味はなくなっていた。
なぜならレジーナの中の存在は、すでに魔王ではないのだから。
「俺は……」
そこでウィルの言葉が止まる。
理を破り、魔王と戦うことを選んだウィルに戻る場所などない。かつての仲間ははるか昔に亡くなっており、ウィルのことを覚えている者など……目の前の元魔王くらいだろう。
目的のなくなり、居場所もない自分がどうすべきなのか。ウィルにはその答えが出せなかった。
そんなウィルを見て、レジーナは苦笑いする。
「クレマンならこういうときに、迷ったときはうじうじ考えずにとりあえず動け、と言うじゃろうな。あやつは馬鹿だが、その直感は侮れんかった。イングリットなら、お疲れ、くらいじゃろうか。あやつは必要なことしか話さんからのぅ」
「……」
「エライラなら、長い間ありがとう。もうウィルの好きにしていいんだよ、くらいは言いそうじゃのう。あの破廉恥エルフはそういうことを臆面もなく言うタイプじゃ。そしてアースラなら……」
「アースラは何も言わず、俺の背中を押し共に歩くだろう」
「じゃな」
ぽつりとつぶやいたウィルの言葉に、レジーナは小さくうなずいて笑った。
ウィルはしばらくの間、再び銅像に戻ってしまったかのように微動だにせず、静けさが辺りを支配したところで長い息を吐く。
「俺も行こう。こ奴が悪さをしないか監視せねばならないし、なによりお前には怯えず仕えてくれた恩がある。それをせねばアースラに怒られてしまうからな」
「えっと、本当にいいの。あっ、でも、その格好だと外は歩けないかも」
「ぬっ? ああ、そうか。今、俺はこの姿だったな。少し待て」
そう告げたウィルは静かに瞼を下ろすと、その全身が紫の光に包まれる。その光の塊はゆっくりとその大きさを縮小させていき、そしてある一定の大きさで止まるとぱぁっと宙に消えていった。
光の塊が消えた場所に残っていたのは、身長180センチほどの精悍な顔つきの男だった。
ウィルは鍛え上げられた全身の筋肉を軽く揺らし、それに合わせて紫の髪が揺れる。そして右手を首筋に当てると、首をこきりと鳴らした。
「ふむ、久しぶりにこの姿になったが、やはり窮屈だな」
「慣れじゃよ。慣れ。それよりそんな恰好で良いのか?」
「なにがだ?」
普通の人間と同じ姿になり、手を開け閉めして体の具合を確かめていたウィルに、レジーナはピッと指をさしてその視線をある一点に向けるように促す。
不可思議に思いながらそちらへと視線を向けたウィルの視界に、ウィルの体の一部分に視線を向け、ぐるぐると目を回している女の姿があった。
そして女の頭がふらふらっと怪しく揺れ、その体が傾いていく。
「おい!」
とっさに抱きしめたウィルの胸の中で、女は彼方へと意識を飛ばしてしまっていた。
思わぬ事態にどうしていいか戸惑うウィルを眺めながら、レジーナがニシシといじわるそうな笑みを浮かべる。
「ふむ、今度は楽しい旅になりそうじゃな」
そう呟くと、レジーナは軽い足取りで2人のもとに歩み寄っていったのだった。
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