第13話 転生者
その驚きは当然だろう。近隣にあった村はとうの昔に滅び、周辺には人里どころか、この洞窟のことを知る者などほぼいないはずなのだ。
そんな中で、少女が洞窟の中にいる。普通に考えればありえない状況に驚かないほうがどうかしている。
だが女の口から漏れた言葉は、少女が予想したものではなかった。
「なんで、なんで私がここにいるの?」
「なにを言っておるのじゃ、お主は?」
意味のわからない女の言葉に、少女は首を傾げながら問い返す。
待機させておいた魔法を放てば目的は達する。それを少女は理解していたが、この奇妙な言葉と、猛烈な既視感がその動きを止めていた。
「レジーナ」
「むっ? なぜその名を知っておる」
「私の名前を、私が忘れるわけがないでしょ! あなたは誰っ!?」
「誰、と言われてものぅ……っとと」
まるで瞬間移動したかのような速度で斬りかかってきた女の刃を、少女はひらりとかわし、そのまま宙に浮かびあがる。
わずかに切り落とされた少女の黒髪がはらりと地面に落ちるのと、女が地面を蹴りつけ宙に跳ぶのはほぼ同時だった。
「やあっ!」
裂ぱくの気合と共に振るわれたその剣は、浮かび上がった少女の体に迷いなく向かい、その剣筋の前に突然現れた黄色の球体に当たる直前でその動きをピタリと止める。
「ふむ、良い勘じゃな。動きも悪くない。特に最初の一太刀は目を見張るものがあった。だが、それだけじゃ」
無理やり剣を止めたため、バランスを崩した女の目に、自らに迫りくる4色の球体が映る。
逃げ場をふさぐように、それぞれが別の軌道で飛んでくるそれを空中で避ける方法を、女は持ち合わせていなかった。
だがその碧眼に諦めの色は浮かんでいない。
「ここでまた死ぬわけにはいかない!」
そう叫ぶと、女は手首をスナップさせて剣を投げ、それは一直線に向かってきていた赤い球に突き刺さる。
その瞬間、赤い球は形を歪めていき、あふれ出た炎の奔流が周囲を蹂躙しはじめる。
それは剣を跡形もなく消滅させ、その余波が女の体を後方へと吹き飛ばした。
地面をごろごろと転がり、女はその強烈な衝撃に一瞬意識を失う。
しかしわずかな時間で意識を取り戻すと、即座に立ち上がろうとその体に力を入れ、……そして動きを止めた。
女の目の前には、おびただしい数の球体が浮かんでいたからだ。
それが自らの命を容易に奪う威力があることを思い知っている女は、その額に汗をにじませる。
そんな女の耳には、軽い足音が近づいてくるのが聞こえていた。
「またここで死ぬわけにはいかない。そして、私の名前を私が忘れるわけがないという言動。その言を信じるのであれば転生者か」
「転生者?」
「前世の記憶を引き継いで生まれてきた者のことじゃ。お主はこの体、レジーナの記憶を持っておるのじゃろう?」
のぞき込んできた少女に、女はこくりと首を縦に振ってそれを肯定する。
それを聞いた少女は、面白そうに顔に笑みを浮かべると、指を弾いて周囲に浮かぶ色とりどりの球体を消して見せた。
光源が地面からのぼんやりとした光のみになった中、少女は女に手を差し伸べる。
「長い時を生きてきたが、そんな者に出会ったのは初めてじゃ。すまんの、手荒な歓迎をしてしもうて」
「えっ? あぁ、うん」
ひんやりとした小さな手を握り、女が助けを借りながら身を起こす。
まるで先ほどの攻防などなかったかのようなその態度に戸惑いながら、女は記憶に残る前世の自分の姿を眺めた。
もちろん辺境の村に鏡などという希少品は存在しない。それでも顔を洗うために、毎日水がめに貯めた水に映った自分の顔を見ていたのだ。それを見間違えるはずなどなかった。
「あなたは誰?」
「ふむ。我が誰か、か? 改めて問われると難しい問題じゃな。まあ今はレジーナで良いのではないか?」
「だから、それは……」
「お主にも今生の名があるのであろう? ならばその名くらいこの体にくれてやってもよいのではないか? のう、ウィル?」
「ウィル?」
「こやつの名じゃよ」
突然出てきた人名に女は疑問符を浮かべていたが、レジーナが指した指先にある像を見て目を見開く。
そしてその瞳を潤ませながら、像に向けて頭を下げた。
「ウィル。それがあなたの名前なんだね。私、ちゃんと謝りたくてここに来たんだ。もしかしたらもう来られないかもしれないと思ったから。あのときは本当にごめんなさい」
「……」
そう言って女は頭を下げ続けた。しかしその像は、ウィルは前を見据えたまま身動きすらしなかった。
そんな姿に、レジーナは呆れたようにため息を吐く。
「この石頭が。転生してまで謝りに来た者に対する態度か。お主がただの像でないことをこの娘は知っておる。返事ぐらいせよ!」
「いいんだ、ただ私が謝りたかっただけだから。じゃあ、私行くね。えっと、レジーナ、でいいのかな? お掃除とかウィルのお世話をしてくれてありがとう。これなら私も安心して魔王を倒す修行に出られるよ」
まるで出来の悪い子供をしかりつけるように注意するレジーナを、顔を上げた女が微笑みを浮かべながらなだめる。
ここに来るまで女は洞窟が荒れ果てていたりしないか心配だったが、以前自分がお勤めをしていたときと同様に中は清潔に保たれていた。
きっとそれはレジーナがいたおかげ。
自分の以前の体を使う正体不明の存在ではあるが、死に際に全部をあげるとレジーナは言い残していた。
レジーナとしてはウィルの栄養源にでもなったら、と思っての言葉だったが、ある意味でウィルの利になっている今の状況は悪くないとも考えられた。
「じゃあ……」
「待て。魔王を倒す、とはどういう意味だ?」
「えっ?」
別れの言葉をふさぐように、渋い男の声が頭上から響く。顔を上げた女の碧眼が、ウィルの黄金の瞳と交錯し、身動きが取れなくなる。
彼女が前世、宝石のようだと思っていたそれが、明確な意思を持って向けられていた。
跳ね上がる鼓動を押さえながら女は頭をなんとか回転させ、ウィルの言葉を思い出す。
「今から18年前、新たな魔王が生まれたとのお告げがあったらしいの。まだ今世の魔王の姿は確認されていないけれど、モンスターの活動は活発化しているから間違いないだろうって。世界中で勇者候補生たちが魔王の姿を探していて、私もその1人に選ばれたんだ」
女の話を聞きながら、これまで微動だにしていなかったウィルの首がゆっくりと動きだし、その視線が隣に立つレジーナに向けられる。
その鋭い眼光を、レジーナは軽く肩をすくめるだけで受け流した。
「お前の仕業か?」
「そんなわけないじゃろう? 我はただの駒に過ぎん。使えん駒が捨てられ、新しい駒が選ばれた。ただそれだけのことじゃ」
「はっ、まさかお前が自由に魔法を使えるのは?」
「エライラの封印は、対象を我だけに絞り切ることで効果が最大とするように組まれていた。我が捨てられれば、効果がほとんどなくなるのは当然じゃろう?」
実に数百年以上ぶりに見るウィルの驚きの表情に、レジーナはくっくっくと嬉しそうな笑いを漏らす。
2人の間の会話の意味を女は理解できなかったが、おぼろげに自分の体を操る存在を封印するためにウィルがいたのだろうと理解した。
ただ2人の話す様子が女には仲良さげに見えて戸惑う気持ちも大きかったが、魔王の捜索という使命を与えられた今、これ以上詮索しても意味はないかと女は諦める。
そして改めて別れの言葉を告げようとしたそのとき、レジーナの黒い瞳が楽し気に光った。
「のう、お主。我をその魔王探しの旅に連れて行ってくれまいか?」
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