第12話 2人だけの日々
薄暗い洞窟の通路を黒髪の少女が歩いていく。その目の前にはくるくると回る小さな竜巻が3つ並んでおり、通路に散らばる落ち葉を集めて回っていた。
少女はそのまま出口に向かって歩いていくと、差し込む光の手前で足を止める。
「ふむ、こんなもんじゃろ。行け」
少女が人差し指をピンとはじくと、3つの竜巻が落ち葉を巻き込んだまま外へ向かって飛び出していく。
綺麗に片付いた通路を満足げに眺め、彼女は身をひるがえして洞窟の奥に戻っていった。
洞窟の奥に戻った少女は、自分をまっすぐに見つめる異形の像を見つめる。
その眼差しが本当は自分に向けられていないことを彼女は理解していたが、そんなことを気にする様子もなく、いつもどおりにその像に背中を預けて座った。
少女はわずかに顔を上げ、像の精悍な顔を見つめる。
「のう、ウィル。今日も話さんのか?」
「……」
「本当に変わらんのぅ。あの日からここに人が来ることはなくなった。そしてこれからも、それは変わらんじゃろう。もはや人々の記憶からお主は忘れ去られておる」
「……」
ふぅ、とため息を吐き、少女は視線を出口に向けた。
以前着ていたボロボロの衣服はすでに朽ち、今少女の体はボディースーツのような黒いベールで覆われている。
死んだときと同じ少女の姿のまま、まるで生前のレジーナの行動を模倣するかのようにそれは日々を過ごしていた。
返事がもらえるとは彼女も思っていない。だがその言葉はウィルの耳に届いている。それだけで今は十分だった。
なぜなら魔王であった彼女には、そうありたいと願った彼女には、永遠の時間が残されている。
わずか数十年の時間を惜しむ必要などないのだから。
返事のない、変わらない日々を彼女は過ごし続ける。
レジーナの体は非常に優秀だった。魔王であった彼女が、感嘆するほどに。
魔王が封印前に覚えていた魔法のほとんどを使いこなすことができるほどの魔力を内包する肉体など、世界中探しても片手の指で足りる程度にしかいないはずだ。
そしてそのほとんどは、魔法に特化した種族であるエルフなどで占められているはず。普通の人間がここまでの魔力を持つなどありえないと言ってもよかった。
「こやつは、もし生まれが違えば世界を変えておったかもしれんのぅ」
そんな言葉をしみじみと漏らしながら、その無駄に高い魔法技術を使用して洞窟の掃除を続ける。
ときおり良い巣になるかと洞窟に入ってきた動物を魔法で使役し、取ってこさせた木の実や魚などを嗜好品として食べ、像に話しかけ続ける日々を彼女は続けた。
いくつもの季節が流れ、そして再び訪れる。
彼女の姿はレジーナが死んだときからまるで変わっていなかった。魔王に支配されたその肉体は朽ちることはない。そして死んでいるために成長することもないのだ。
それゆえに歳月の経過を示すものはほとんどなく、洞窟内に入ってくる落ち葉などのおかげで季節の巡りはわかるものの、すでに彼女は何十年経過したのか覚えていなかった。
あの夜、ぽつりと独り言を呟いてから、ウィルは一言も発していない。
まるで少女などいないかのように真っすぐに入口を見つめ、身じろぎ一つせずに立ち続けている。
その隣でごろんと横になっていた彼女が、ピクリと眉を歪めてその身を起こした。
「人か。こんな山奥に何の用じゃ?」
不機嫌そうに顔を歪め、彼女は行儀悪くあぐらをかいて入口を見つめる。
この洞窟の外にまで及ぶ彼女の広大な警戒網の中を、明らかに野生の動物ではない何かが進んでいた。
この近隣まで開発が進み猟師が遠征にきたのかと彼女は考えたが、それが一直線にこちらに向かって進んでくることを理解しその考えを改める。
「あの時の生き残りか、その子孫か。狙いはウィルの魔力で染まった鉱石じゃろうなぁ。人の欲は時を超えてなお旺盛か」
壁から顔をのぞかせる紫の石を眺め、彼女はため息を吐く。
あの石の正体は、ウィルの体からあふれ出る魔力に浸食された鉄鉱石だ。
それは他のどの金属にも勝るほど魔力の親和性を持っており、数百年に1度レベルの深層ダンジョン討伐時に得られるような、国宝レベルの魔剣をも超えうる素材だ。
その価値が、小さな村の人々全てを殺したとしても些末事であることは既に証されている。
人の欲に際限などないことなど、魔王は知り尽くしていた。
「かといって寝所を血で汚すのも面倒じゃな。適当に怪我を負わせて外に捨て置くか」
右ひじを膝の上に乗せ、それで頬杖をつくという不遜な態度をとりながら、彼女は突然の訪問者の処遇を決める。
適当に骨などを砕いて外に捨てておけば、単独でやってきた者はそのうち死に絶える。あとは野生の動物が処分してくれるし、その匂いにつられてやってきた動物が洞窟の中に入ってくれば使役もできるし一石二鳥。
その程度しか彼女は考えていなかった。
そこに自らが苦戦する、負けるなどという選択肢はない。
慢心とも思われかねないが、魔王であった彼女の実力を考えればそれも当然のことだった。
そのとき、ふとある考えが浮かび、わずかに彼女は口の端を上げる。そして隣に並ぶウィルに視線を向けると、目を細めながら彼を見上げた。
「のう、ウィル。もし我がやってきた者に魅惑の魔法をかけ、外に放り出して大量虐殺をさせるように仕向けたら、お主はどうする?」
「……」
「いや、まずは人を集めさせることが優先かのぅ。菓子などの貢物を持ってこさせることもできるし、徐々に国を侵食していくことも出来そうじゃ」
くっくっくと楽しそうに彼女は笑ったが、ウィルは黙して語らない。
ただまっすぐに出口を見つめ、わずかにも動揺も見せないその姿に、彼女はその笑みを消して、大きくため息を吐いた。
「つまらんのぅ」
そう言いながら、彼女は傍らに落ちていた石を出口に向けて放り投げる。
放物線を描いて落ちた小石は、カツカツと音を立てながらしばらく進み、そしてその動きを止めた。
「お前の望みはそんなものではないだろう」
ぼそりと聞こえたその渋い男の声に、彼女の顔がパッと明るくなる。
まるで童女のような笑顔を浮かべながら、彼女は立ち上がった。
「ふっふーん。やっと話したか。まあそうじゃな。我が望みはそんな些末なものではない。よくわかっているではないか、ウィル」
「……」
「久しぶりにお主の声が聞けたし、迷惑な来訪者は適当に帰らせてやるとしよう。まあ適当に魔法で脅して恐怖を植え付けてやれば二度と来ようとはせぬじゃろうしな。というか汚したら、結局掃除するのは我になるしのぅ」
パンパンとウィルの背中を強めに叩き、彼女は仁王立ちしながら出口を見つめる。
そして数分後、洞窟の前で何者かの気配が止まった。
その気配は洞窟の前で十数分ほどとどまった後ゆっくりと歩きだし、洞窟の中に足を踏み入れる。
「来たか。まあ、欲に踊らされた自らの愚かさを悔やむがいい」
その存在を迎える少女の頭上には5色の球が浮かんでいた。それら1つ1つが、彼女の意思1つで対象を殺害しうる威力を持った魔法。
一般の魔法使いであれば、人生をかけた鍛錬の末であってもほとんどの者はたどり着けない魔の極致。
それを同時に5つ行使することなど、魔王であった彼女以外、他の誰にもできるはずがなかった。
彼女は右手の人差し指を立てて待つ。彼女が魔法を使うのにその行為は必要ない。
それは相手に攻撃されたと示すだけの行為。ここに入ってくれば攻撃される。その事実を理解させるために必要な行動だった。
土を踏みしめる音が徐々に近づき、逆光に照らされた人影が大きくなる。
長い髪とそのほっそりとしたシルエットからして、それは女であるのだろう。だが、やってくる者の男女の差など少女にとってはどうでもよかった。
相手がこちらを視認した段階で魔法を放ち、追い返す。少女がするのはそれだけなのだから。
そしてその女はついに彼女のいる半球状の空間にたどり着いた。地面からもれる淡い光に照らされ、その姿がはっきりと見えるようになる。
女はその意志の強そうな蒼い瞳を真っすぐに前に向けており、入口から吹き込む風がわずかにその長い金髪を揺らしている。
目鼻立ちの通ったその顔やすらりとしたその体、そしてきめ細やかな白い肌は戦いからは程遠く見え、鈍色の軽鎧を身に着けずドレスを着ていれば、どこぞの令嬢と言ってよいほど整っていた。
腰に剣を提げていることから考えて女は戦士なのだろうと思いつつも、少女はどこかその姿に既視感を覚え戸惑う。
女はそんな少女の視線を受けながらしばらく前を見つめ続け、そしてその瞳からぽろりと涙を一筋零れ落とすと、続けてその隣に立つ少女の姿に目を見開いた。
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