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姫と魔王と守護の龍  作者: ジルコ
第1章 終わった世界から始まる物語

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第11話 終わりのとき

「逃げ、るんだよ。逃げて、逃げて、そして生き抜いておくれ。あんたは私の自慢の娘だ」

「んー!?」


 そう言って柔らかくほほ笑むレミの背中には大型のナイフが刺さっていた。

 レジーナを伝い、地面に広がっていく血と比例するかのように、レミの瞳から光が失われていく。

 血の気を失い、冷たくなっていく体を温めようとレジーナはぎゅっとレミを抱きしめたが、それが止まることはなかった。


 目の光は完全に消え失せ、その鼓動は動きを止める。

 レミが死んだ。

 それを理解したレジーナの頭に残ったのは、レミが残した最後の言葉。逃げて生き延びてくれという、我が子の安全を願う母の祈り。


「おいおい、こんな小娘に一方的にやられんなよ。あーあ、モナなんて黒焦げじゃねえか。もったいねぇ」


 木陰から姿を現した痩躯の男が、つまらなそうに黒焦げのモナを見つめ悪態をつく。

 わざとバランスを崩し、レジーナの気を引いてみせたヒューは、即座に立ち上がり転がった剣を拾うと、油断なく構えた。


「見た目に騙されるなよ、ジャック。そいつは化け物だ」

「言われなくてもわかってるよ。だが戦いについては素人だ。同時に2人は相手できないし、それに……」

「んんーっ!」

「それを許すほど俺は甘くない。手を出すなよ、ヒュー。遊びの時間だ」


 ジャックの投擲したナイフが、魔法を放ち、逃げようとしたレジーナの右足に突き刺さる。

 浮かんでいた炎球が制御を失い、そのまま地面に落ちると盛大な火柱をあげ、その余波を受けたレジーナは勢いのままに地面を転がる。


 ふらふらとする頭で、レジーナは自分の足首に刺さったナイフを見つめる。

 なぜか不思議と痛みは感じない。だが力を入れることはできず、立ち上がることすらできそうになかった。


(ごめんね、レミおばさん。私、約束守れそうにないかも)


 冷静に自分の状態を理解しながら、それでもレミの最後の言葉を守ってその場を離れようとする。

 そしてずりずりと足を引きずりながらレジーナが逃げる先として選んだのは、いつもの洞窟の中だった。


「おうおう、意地汚いねぇ」


 這いずりながら洞窟に向かうレジーナに向けて、ジャックはナイフを投げていく。

 それらはレジーナの服を切り裂き、少しずつ赤く染めていく。

 レジーナもときおり振り返って手の伸ばして魔法を放ってはいるが、精度に欠いた炎球がジャックを捉えることはできなかった。


 苦痛が長く続くように獲物をもて遊ぶジャックの悪癖を横目に、ヒューはプスプスと音を立てるモナに視線を向ける。

 魔法使いであるモナが欠けるのは、正直に言えば大きな損害である。だがこれで得られる報酬を考えれば補填するのは可能かとあっさり区切りをつけた。


「ティム、報酬は増額させてもらうぞ。さすがにこれは損害が大きすぎる」

「仕方がありませんね」


 物陰に隠れていたティムがひょっこりと顔を出す。そして憎々し気にモナを見つめると、ジャックの後を追って歩き始めた。


 洞窟の入り口にたどり着いたときには、レジーナの命は風前の灯だった。

 足からの出血は思いのほか多く、すでに太ももまでの感覚はなくなっている。意識ももうろうとしてきており、制御できず魔法が発動しないことも増えてきていた。

 それでもレジーナは進むのをやめなかった。だが……


「さすがにそれ以上進まれると面倒だしな。まあここらで死んどけ」


 未知の洞窟の中で魔法を使われる危険性を理解しているジャックは、逃げようとするレジーナの背中の心臓の位置にナイフを投擲する。

 それはこれまでの遊びとは違う、殺意のこもった一投。

 だがその必殺の一撃は、レジーナが振り返ったせいで左腕に突き刺さるだけの結果に終わった。


「んっー」

「くそっ、こいつ手を伸ばさなくても魔法が使えたのかよ!?」


 レジーナの眼前に浮かんだ炎球が、即座にジャックに向けて放たれる。

 もう終わったと思って油断していたジャックは慌ててそれを避けたが、その数秒の猶予の間にレジーナは出口に視線を向けたままじりじりと後ずさりして奥に進んでしまった。

 夜の洞窟は暗く、レジーナの姿を闇の中に溶かしてしまう。


「見た目に騙されるなと言っただろ、ジャック」

「ちっ、悪かったよ。そんで、どうすんだ」

「日が昇るまで待つ。そのころには死んでいるだろうが、生きていたとしても弱った状態なら対処可能だ」

「食事でもしますか? しくじったあなたにはお高くお譲りしますよ」

「死ね、くそ商人が」


 悪態をつくジャックに、ティムが背負っていたリュックに入っていた携帯食料を取り出して放り投げる。

 それを余裕で掴んだジャックは、包まれていた紙を破るとその硬いクッキーのような携帯食料をかみ砕いたのだった。


 そのころレジーナはずりずりと後ずさりして洞窟の奥に進んでいた。

 足音が少しでも聞こえたら即座に魔法を放とうと集中していたが、どれだけ時間が経とうとも洞窟に入ってくるような物音は聞こえない。

 いつも綺麗に掃除していた通路に血の筋を残しながらレジーナは奥へと進み続ける。


 そしてレジーナは洞窟の奥の空間にたどり着いた。

 そこは地面からほのかな光が漏れ出しており、真っ暗な通路を通ってきたレジーナの目にははっきりとあの像が見えていた。


 レジーナはそのまま像へ向かってずりずりと進むと、いつも話していたときのように像にその背中を預ける。

 そして自らの左腕に突き刺さっていたナイフを引き抜くと、それで口を縛っていたロープを切断した。


 口に詰められた布を取り出し、レジーナは脱力したようにその手を地面に下ろす。

 もはやレジーナには体を動かす気力が残っていなかった。


 家族を失い、血を失い、そして今、命を失おうとしている中で、レジーナは最後の力を振り絞ってわずかに顔を上に向ける。

 いつもと同じ、人と化け物を融合したような偉丈夫の像。レミを除けば、レジーナの話を一番聞いてくれたもの。

 そんな親愛なる彼にレジーナは告げる。


「ごめんね。せっかく紫の石をもらったのに、レミ母さんを助けられると思ったのに、こんなんになっちゃった。洞窟汚しちゃって、ごめんね」


 レジーナの瞳には涙は浮かんでいない。いや、すでに涙を流すことすらできなくなっていたのだ。


「もっと話したかったな。せっかく返事をしてくれたんだもん。いつか、きっとお話しできるようになったと思うんだ。そうしたらどんなに楽しかったかなぁ」


 像は答えない。ただ彼女の体重を支えながらまっすぐに入口を見つめている。

 そんないつも通りの姿に、レジーナはうっすらとほほ笑み、深く息を吐いた。

 像の下に血だまりが広がっていく。


「どうしてこんなことになっちゃったのかなぁ。私が、悪かったの? 私は、ただ仲良く、暮らせ、れば良かっ、たのに」

「……」

「お母さ、んって、勇気を出、して、言っておけ、ば、良か、た、な」

「……」

「もう、あな、たのす、がた、見え、ないや。もっと、時間が、欲し、かった、なぁ。ごめん、ね。私の、全部、あげる、から」

「……」


 つたない言葉を紡いでいたレジーナが、その口の端をわずかにあげる。

 それはレジーナがこの像に向けた、最大級の笑顔だった。


「ゆるし……て……」


 かくん、とレジーナの首が折れ曲がり、その呼吸が止まる。わずかに動いていた心臓も徐々にその動きを弱め、その命は完全に失われた。

 再び沈黙が支配権を取り戻そうとするその空間で、地面からもれる光が揺れ、若い女の声が響く。


「のう、ウィル。お主が声をかけてやれば、この娘は少しでも救われたのではないか?」

「……」

「だんまりか。最後まで面倒を見ぬなら、中途半端な手助けなどするでないわ」

「……」


 その声の鋭い叱責にも、像は言葉を発しない。

 その態度に女の声は呆れたようにため息を吐いた。


「まあ小うるさい小娘が消えて、我は清々しているがな。それにしても、最後に寝所を汚していきおって」


 ぶつくさと文句を言いつつ、女の声は聞こえなくなる。

 その代わりに、傷だらけだったレジーナの体がまるで逆再生でもしているかのようにふさがっていき、血の気はないものの普段と変わらぬ姿にまで戻っていった。

 ただ、その心臓は動かず、その意識が戻ることは二度とない。


「死霊魔術。やはり結界にほころびが出たか」

「ふんっ。せいぜいこの程度じゃ。これ以上この場を汚されても敵わんからのぅ」


 それだけを言い残して女の声は沈黙し、揺らめく光も元の状態に戻ってしまう。

 ウィルと呼ばれたその像は視線を下げ、まるでいつも話していたときのように座るレジーナを見つめた。

 服はボロボロになり、血の跡がこびりついているが、その様子はまるで眠っているかのようにも見えた。


「中途半端な手助け、か」


 魔王に告げられた言葉を思い出し、ウィルは小さく呟く。その言葉はウィルの胸に深く突き刺さっていた。

 もしレジーナが紫の石を求めたとき、ウィルが返事をしなかったとしても結果に変わりはなかっただろう。

 きっとレジーナはウィルの返事がなかったとしても、レミを助けるために石を持っていったはずだ。悲劇を回避することはできない。


 それはウィルも理解している。

 だが、いつも楽しそうに自分に話しかけてきたレジーナにどれだけ情をほだされようとも、返事をすべきではなかったのだ。それが結果としてレジーナの最後の謝罪の言葉に繋がった。それが彼女の後悔を1つ増やした。

 それもまた、真実だった。


 ウィルは視線を出口に戻す。その視界の端に映る、もはや読むことのできない壁の文字を見つめながら考えた。


(アースラ。もし君が今の私を見たら何と言うだろう?)


 答えの出ない疑問を胸に抱きつつ、ウィルは再び動かぬ像に戻ってしまい、そのまま夜が明けた。

 夜明け後、警戒しながら洞窟に入ってきたヒューたちは、像にもたれかかったまま死んでいるレジーナを確認すると、壁に埋まった紫の石を手早く掘って帰っていった。


 レジーナの傷が消えていたことにヒューたちは驚いていたが、ダンジョンなどで不可思議な現象を目の当たりにしたがあった。

 彼らはここがダンジョンであり、これがダンジョンの罠の1つだと結論付けた。近づけば何かしら致命的な罠が発動するのだろうと。

 レジーナの後ろに化け物の像があったことも、その想像を強める一因になっていただろう。


 彼らは危険があるかもしれないと考え、そそくさと作業を済ませると、二度と洞窟には戻ってこなかった。

 そして洞窟には誰も来ることがなくなり、そのまま数十年の時が経過した。

お読みいただきありがとうございます。


現在新連載ということで毎日投稿を頑張っています。

少しでも更新が楽しみ、と思っていただけるのであれば評価、ブクマ、いいねなどをしていただけると非常にモチベーションが上がります。

よろしければお願いいたします。

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