第10話 起死回生の一手
村を出て、森を進み、洞窟にたどり着くまでおよそ30分。
その間、レジーナは必死に頭を働かせ、この状況を打開するための方法を考え続けた。
だが相手は3人、対してレジーナは1人。体格でも圧倒的に負けており、魔法が使えるというアドバンテージもモナが加わったことで潰されている。
なにより、気を失ったレミを助けなければならないというのが一番の問題だった。
華奢なレジーナにはレミを引きずって逃げるほどの力がない。となれば相手全員を倒すしか方法はないのだ。
下手な攻撃をすれば、相手はレミを人質として使うだろう。そうされればレジーナはなにも出来なくなってしまう。
(決めるなら一度に、全員をやるしかない。でも、どうやって?)
口がふさがれた状態でもレジーナは魔法が使える。
しかし突風を吹かせるだけの魔法では時間稼ぎにはなっても、よほど運が良くなければ戦闘不能にすることなど不可能だった。
日は落ち、ただでさえ薄暗い森は暗闇に包まれるはずだが、モナが出した魔法の灯りのおかげで視界は確保されている。暗くて迷ったなどという言い訳は使えなかった。
あと数分も行けば洞窟にたどり着いてしまう。残された時間はあまりない。
「ったく、虫が寄ってきてうっとうしいわね」
「モンスターが襲ってこないだけマシだろ。そういえば前、森の中で火魔法ぶっ放して山火事になりかけたよな。あんなのは2度とごめんだぞ」
「あれは、あのクソ豚に抜けられたジャックのせいよ。身を守るために仕方なかったんだから」
「そのせいで火に巻かれて俺たちは命からがら逃げだす羽目になったけどな。あん時は死ぬかと思ったぜ」
思い出話に花を咲かせて笑う2人の後ろで、ティムはじっとレジーナの背中を目で追っていた。
村人を始末し、レジーナという案内役を捕まえ、紫の石を確保する準備は整った。
もう8割がた、いや九分九厘成功と言っても間違いない。間違いないはずなのだが、ティムの心にはどこか引っかかるものがあったからだ。
レジーナはお腹を押さえ、ときおり顔をしかめながらも迷いなく森を進んでいく。
別の場所に誘導しようとしているようには見えない。
だが行商として多少なりともレジーナと関わりのあったティムは、その行動に違和感を覚えた。なぜなら彼はレジーナの利発さに気づいていたからだ。
ティムの言葉を鵜吞みにする村人たちの中で、レジーナだけがティムとの会話の中で疑問を持ち、その奥に続くものを知ろうとしてきた。
以前に話したことを忘れずに、そことの矛盾を尋ねてきた。
記憶力も良く、頭の回転も速い。そしてなにより知的な好奇心が強い。
こんな辺境の村に住んでいなければ、きっとこの子の人生は全く違ったものになっていただろう。そう思うほどティムはレジーナを買っていたのだ。
だからこのまま案内すればどうなるか、レジーナが気づいていないとはティムには思えなかった。
それを2人に忠告するべきかティムは迷い、その決断を下す前に少し開けた場所へとたどり着いた。
少し開けた空間の奥にある岩肌にぽっかりと開いた洞窟。
明らかに自然のものではない、人の手によって掘られたとわかる綺麗な形の入り口に皆の視線は釘付けになった。
レジーナは洞窟の入り口を指差し、続いてヒューの肩に背負われたレミを指差して地面に置くように伝える。
「おいおい、まだ現物を確認できてねえだろ。約束が違う」
しかしそれに対してレジーナはぶんぶんと首を横に振って再度レミを置くように促した。
ヒューは顔をしかめ、ティムに視線を向ける。
ティムはしばし悩んだ後、その首を縦に振った。
「まあ、いいでしょう。確認する間のわずかな時間ぐらい、2人で最後の時を過ごさせてあげるくらいには感謝していますから」
「……ほらよ」
まるで荷物でも扱っているかのように、ヒューがレミを手荒く地面に転がす。
駆け寄ったレジーナがその体を揺らすと、レミはわずかにうめき声をあげながらその目をうっすらと開けた。
「レジー、ナ?」
「んんんん! んんんん」
焦点の合わない瞳で見返してくるレミに、レジーナが抱き着く。
後ろ手で縛られているため動かせないその手を震わせながら抱き返そうとするレミの姿を見つめ、レジーナは瞳を潤ませる。
そして安心させるようにレミに笑顔を向けると、その表情を鋭いものに変えた。
相手に顔が見えないように、レミにすがるようにしながら、レジーナは手の位置を調整していく。
チャンスは1度だけ。
キュッと心臓が縮むようなプレッシャーを感じながら、覚悟を決めたレジーナは顔を上げる。
「んー!」
「なっ!?」
「噓でしょ!?」
突如としてレジーナの前に2つ現れた炎球を目にした男女が声をあげるのと、それが2人に向かって放たれるのはほぼ同時だった。
先ほどモナが放ったときよりもはるかに速く飛んだ炎球はまともにモナにぶつかり、その全身を炎で包み込んだ。火だるまになったモナは絶叫しながら暴れまわっている。
一方でヒューは地面を転がり、かろうじて炎球を避けていた。
しかし完全に油断していたところに攻撃を受けては無傷とはいかず、炎球が近くを通った顔と肩に広範囲の火傷を負っていた。
「てめえ」
「んー!」
ヒューが剣を抜き、レジーナに襲いかかろうとするが、レジーナは炎球と強風の魔法を織り交ぜそれを許さなかった。
傍から見れば一方的にレジーナが攻撃する優位な状況。しかしレジーナの表情はすぐれなかった。
(失敗した。失敗した。失敗した。次は、次はどうしたらいい?)
炎に包まれていたモナはすでに黒焦げでぴくぴくと地面でうごめくだけの存在になっている。
あと1人、剣士のヒューさえ倒せばなんとかなるのだが、その一手を詰めることがレジーナにはできなかった。
不意を打った。使えるかわからない炎球の魔法の発動という賭けにも勝った。やったことのない魔法の同時行使という奇跡さえ引き寄せてみせた。
それでもヒューには一歩届かない。
圧倒的な戦闘経験の差が2人の間にはあり、奇跡でさえそれを埋めるには足らなかったのだ。
どれだけレジーナが工夫をこらそうとも、ヒューにとってみればそれは子供だましのようなものに過ぎない。
一撃の威力がどれだけすごかろうとも、当たらなければ意味はないのだ。
魔法使いが仲間にいる、いや、いたヒューは魔法について良く知っていた。
魔法を使うためには魔力が必要になることを。連発していればすぐに魔力など切れ、遠からず発動すらできなくなることを。
だからヒューは辛抱強くそれを待った。焦らず、無駄玉を打たせ、最後には勝利をつかみ取るために。
しかし……
「くそっ、こいつ化け物かよ」
「んー!」
どれだけ待っても、レジーナの魔力が尽きる様子はなかった。
幾多の熱波を受け、強風にバランスを崩され、ヒューの体力も徐々にではあるが削られていった。
じわりとヒューの額を汗が伝う。このままでは負けるかもしれない、そんな予感がわずかに頭をよぎる。
いや、レジーナがもし戦い慣れていれば、ヒューはすでに負けていた。
放たれた無数の炎球はヒューの周囲の酸素を着実に奪っている。もしレジーナが強風の魔法を使わず炎球の魔法のみ使用していたのであれば、酸素不足で動きの鈍ったヒューに待っているのは死のみだったはずだ。
むろんそれにヒューは気づいており、無理やり近づくような動きをして強風の魔法を誘発させていた。そのことにレジーナは気づけなかった。
「うおっ」
だがそのとき、炎球によってえぐられた地面にヒューが足を取られる。盛大にバランスを崩し、手からすっぽ抜けた剣が地面を転がっていった。
願ってもない好機にレジーナは身を乗り出し、その両手に浮かべた炎球をヒューに向けて発射する。
それと同時に、ヒュン、と何かが飛ぶ鋭い音が空気を切り裂いた。
「んっ?」
背中への強い衝撃と共に突然視界が星空に変わったレジーナには、なにが起こったのか理解できなかった。
首を振り、自分にのしかかっているのがレミだと気づいたレジーナは、なぜレミがそんなことをしたのか聞こうと顔を向けようとする。
そして温かな液体が自分の体に伝っていく感触に、レジーナの体は震えた。
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