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アンゼリカの過酷な日常

 そうは言っても、考え事に没頭できるほど余裕のある日は少ないわけで。

「着付けが見苦しいわ。出直しなさい」

「クロック侯にこの書簡と、贈り物を届けて来なさい」

「大図書館の書架整理に行きなさい」

「獣舎の手伝いをしてきなさい」

 アンゼリカに降りかかった日常は、それなりに過酷なものではあった。怒れるエリザヴェータの無茶ぶりで朝から晩まで走り回り、見世物同然に扱われる。口を開けば不慣れなヴァイス語を陰湿にあげつらわれ、冷笑される。


 ユーリスは極力気を使いつつ姉に抗議したが、それも柳に風とばかりに流される日々だった。

「ユーリス。私の弟。皇太子妃が妖精に贈り物をされたと聞いて、愚か者どもが浮足立っているわ。気付いていないはずはないわよね?あの愚かな小娘を利用して伸し上がろうと、或いはわたくしを陥れようと、手ぐすね引いている者が何人もいるのよ?

 このままでは天井知らずに祭り上げられ、気付いた時には真っ逆さま――そんな未来図だってあり得るわ。それはお前にとっても本意ではないでしょう?」


 皇城に数多集う貴婦人たちの中でも、皇女エリザヴェータは別格の存在である。特に政治的な影響力と発言権は、他二人の皇女より重いと言っていい。

 炎帝はこの十年以上対外戦争を続けており、遠征で長期皇城を空けることも多い。その間は、留守を守る者が必要となる。現在その重責を担い、主が不在の皇城を守って諸事を取り仕切っているのは、他ならぬエリザヴェータだ。美の帝王、流行の源泉であるだけでなく、政治手腕や実務能力も申し分なく、彼女に歯向かえる者など皆無に近い。六年前の勝利に対する貢献もある。

 そして、「ヴァイス人が何よりも重視する美質」によって、その価値は誰もが認めざるを得ない。エリザヴェータが一声かければ、視線を流せば、それだけで男も女も、老いも若きも膝をつく。それが皇城の秩序である。


 そのエリザヴェータと完全に敵対するのは、ユーリスも避けたい。それはエリザヴェータの方も同様であるため、さすがに命に危険を及ぼすことはしないだろう。

 樹氷の部族長の指輪のこともある。ただでさえ今は繊細な時期だ。迂闊にアンゼリカに危害を加えれば、どんな事態を引き起こすか分からない。


「ユーリス様、私は大丈夫です!お気遣いありがとうございます!」

 何よりアンゼリカ本人がこの調子なので、ユーリスもどう対応したものか決めかねた。無理にでも隔離させた方が良いのか、全面的に姉と対立すべきか、それとも融和の道を探すべきか。決めかねている内に、刻々と時間は経って行った。


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