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炎帝の狂気

 辺りに漂うペネロペの香。ペネロペに似た姿、声。炎帝の意識は夢現に入り始めていた。エリザヴェータの言葉も聞いてはいない。


「ああ、ペネロペよ……何故、何故だ……」


 炎帝の目は虚ろになり、杖を握った拳には血管が浮き上がり、痙攣し始めていた。拳だけではない、全身が震え始めている。肩口に小さな火花が散ったような錯覚すらあった。


 怒りだす前兆だった。エリザヴェータは優雅に裾を捌き、距離を取る。代わりに侍従たちが進み出た。こうなってしばえば叩頭して、「愛は永遠、陛下も永遠」と唱和する他ない。エリザヴェータは微笑んだまま、だがその視線は冷ややかだ。


「永遠などあるかああああああああ!!!」

 天を振り仰ぎ、炎帝は吼えた。振り仰いだ杖が壁にかかっていた額縁を砕き、強烈な音と衝撃を生み出した。

「この世のものあらゆる全ては塵と帰すのだ!全て、全て、全て、全て、全てだ!!!!」


 豪腕で縦横無尽に杖を振り回す。壁が抉れ、額が欠け、調度品が砕け散る。だが、それ以外の物音は響かない。これで悲鳴を上げたり取り乱すようでは、この皇城ではやっていけないのだ。最後に炎帝は、荒い息の合間から呻いた。これまでに何度も何度も零した言葉を。


「あれはペネロペではない…………」


 畢竟、それが全てなのだ。最初の妻ペネロペこそが彼の愛の全てであり、それが喪われた以上炎帝の心も蘇ることはない。

 それでも彼が政略結婚を繰り返すのは、為政者としての義務もあるが、それ以上に「またペネロペのような女に出会えるかもしれない」という希望を捨て切れないからだ。フローラスの姫に縁談を申し入れたのもそうだった。大陸の華、文化の極みに育った姫ならばもしかして、と。


 最愛の者との死別。それが齎した、尽きることのない悲嘆と絶望。そこから生まれる狂気と渇望が、現実を侵食する。


「……青の霊廟に行く。エリザヴェータ、供をせよ」

「ええ、喜んで。お父様」


 父親の心を見透かし、娘は嫣然と微笑みかけた。


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