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ヴァイス貴族の不文律

 つい先ほどのことだ。あれからアンゼリカは部屋に戻り、待機していた侍女たちに着替えさせてもらい、舞踏会出席の準備をした。当然、カサンドラに渡された首飾りをつけたままだ。そしてそのまま、アンゼリカはのこのこと舞踏場に入ってしまった。


「……あ、エリザヴェータ様」

 アンゼリカの力量では、まだ氷の上で踊るのは荷が重い。今夜のところは、観覧席から見物だけということになっていた。ユーリスも一緒で、皇族や貴族たちへの顔見せも兼ねていた。

 だがユーリスは、執務が押しているとかでまだ来ていなかった。アンゼリカはきょろきょろしてから、観覧席に佇む皇女を見つけ、挨拶をしようとした。

 そこでやっと、貴族たちがぎょっとした顔をし、侍従は止めに入ろうとした。だが手遅れだった。その数秒後、エリザヴェータの扇が鋭く空を切った。


「…………あら。面白い首飾りをかけていらっしゃるのね」

 そして今、エリザヴェータに凄まじい目つきで睨まれている。恐怖のあまり誰も声を発することができない。


 白い肌の上で燦然ときらめく月長石と紫水晶。エリザヴェータが職人に注文を出し、一年以上前から作らせていた品であった。今日の舞踏会は実質、そのお披露目会だったと言ってもいい。

 その場に、それよりも上等な、しかも同じ宝石を用いた首飾りを身に着けた女が現れたら、どうなるか。ヴァイス貴族なら当然のこととして理解する不文律を、アンゼリカは分かっていなかった。


「…………そう。そうなの。わたくし…………そう、言わなくても自然と分かることだと思っていたのだけど」

 鮮やかな青い瞳がぎらぎらと敵意を浮かべて光る。ああこの眼光はまさに、怒ったときのフェンツェさんの…………。


「ああ、これはわたくしの手落ちね。一番たいせつなことを、伝え忘れていたわ。この皇城、特に社交界において肝要な、たったひとつの不文律」

 怖いほどに優しい声音でエリザヴェータは宣う。扇子がゆっくりと持ち上がってアンゼリカに突き付けられる。その動きすら、流れる舞のようだった。


「わたくしより美しい女、着飾る女、目立つ女は尽く死ね」



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