第三段階
皇女エリザヴェータはヴァイス宮廷の女主人だ。誰よりも美しく絢爛で、そして敵に容赦がない。嫌った者は、ありとあらゆる手段を使って潰しにかかる。
まずは獲物を適当に甚振って追い詰める。相手の弱みを暴き出し、苦手分野を集中的に突いて痛めつける。どんな人間にも、弱みの一つや二つはあるものだ。
そして獲物の心が弱ったところで、適当な公達を向かわせて誘惑させる。甘やかし、他の者に心を閉ざすよう仕向け、男一人に依存しきったところで種明かしだ。衆人環視の只中に引きずり出し、大々的に嘲弄する。
…………これがエリザヴェータの、目を付けた相手を制裁する常套手段であったわけだが。
「まだ誰も、皇太子妃の懐に入り込めていないのかしら?」
あくまで美しく、優しいまでの微笑みを浮かべて問いかけたエリザヴェータに、その場の人間たちは震えあがった。特に苛烈な視線を向けられているのは、着飾った貴公子たちだ。
普段はエリザヴェータの傍で、蕩けるような笑みを浮かべて美辞麗句を囁いている美男子たちの顔は、今や蒼ざめ切っている。脂汗を流す者すらいる有様だった。
「お前たちは皇城に出入りする貴族たちから、わたくしが直々に選び抜いた人間。皇城の選りすぐりとは、即ちヴァイス帝国の最高水準を意味するわ。わたくしの傍に侍る以上、それに恥じないだけの働きをする能力はあるはずだと、そう思っていたの。
もしかしてわたくしは、お前たちを買い被りすぎていたのかしら?」
エリザヴェータは美しい声を発しながらも、ぞっとするような冷たさで語尾を落とす。本当に怒りだす前の予兆だと、彼女を知る者には分かる話し方だった。
「悲しむべきことだわ。お前たちは不甲斐なさを示す度に、わたくしの目が節穴だと喧伝しているに等しい。……お前たちは、このわたくしを、貶めているのよ?」
「申し訳ございません、エリザヴェータ様」
皇女の怒りには、平伏して詫びるしかない。身に染みてそれを知っている男たちは、平謝りするのみだった。
彼らは本来、攻撃の総仕上げを担う人材たちだった。弱った標的に近づき、甘い言葉を囁きかけて依存させる。その依存が大きいほど、エリザヴェータの子飼いだったと露呈した時の絶望も深まる。少なくともこれまではそうだった。アンゼリカへの篭絡も同様に行うはずだった。そのはずだったのだが……
取り巻きの代表、クロック侯爵の三男は、必死に弁解を行った。
「ご命令に従い、皇太子妃殿下にお慰めの言葉をかけ、親密になろうと努めました。ですがどう申し上げても、ご親切に感謝しますと流されてしまい……」
「へえそうなの……」
この役立たず。吐き捨てて、エリザヴェータは彼に扇を投げつけた。肩に命中し、鋭い音が鳴る。
全く、何なのだ。あの小娘は。
こき使っても、髪を切ってやっても、芸をさせて晒しものにしても、どう恥をかかせても何ら堪える様子がない。未知の生き物に対峙している気分だった。
挙句に、身の程を弁えない姿で舞踏会に現れて、制裁しても堪えた素振りがない。
予定が消化されない。思うようにいかない。久しぶりに味わうその苛立ちを、皇女は声に込めた。
「償いの機会をあげましょう。庭石に一人ひとつずつ、名を彫って持って来なさい。今日中に。美しく彫れたら許してあげるわ」
そして事態は、三段階目に入る。
「厨房に通達を。薄氷の用意をするようにと伝えなさい」
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アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…
ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの夫。
ソフィア:ロスニア辺境伯の妻。ユーリスの従姉妹。アンゼリカに好意的。
皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。
カサンドラ:ヴァイス帝国の皇妃。
エリザヴェータ:ユーリスの姉。
リュドミラ:ユーリスの異母姉。なぜか喪服を着ている。
アレクサンドラ:ユーリスの異母姉。
ペネロペ:ヴァイス帝国の元皇妃(故人)。ユーリスとエリザベートの母。
ベイルリス:妖精族。樹氷の部族長の兄
ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。
ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。
フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。




