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宴の夜の皇太子

 ――……時は少し遡る。招かれた酒宴の席で、ユーリスは目当ての相手を探していた。


「ハープシコード卿。少し良いだろうか」

「おや、皇太子殿下。お声がけ頂けるとは光栄です」


 背の高い、優雅な挙措の美男だった。促すとすぐに頷いて、人目につかない場所まで移動する。周囲の耳目を憚りながら、ユーリスは単刀直入に言った。


「……ここだけの話だが、ロセッティ卿が文化顧問に転身するという話がある。時報官が代替わりすれば、新たに補佐官も選出されることになる」


 ロセッティ卿とは、時報官の一人である。帝国内の主要な十二の行政区で、時報官たちは氷吟塔を管理し、一日一度の時報の音色を奏でている。

 ヴァイスの官僚制でも有数の権威を持ち、人からも妖精からも重んじられる時報官の地位は、常に注視されている。枠の数が十二で固定されていることもあり、現任者の進退は大きな波紋を呼ぶ話題だった。


 そして時報官一名につき、補佐官一名がつくのが決まりだ。平時は氷吟塔関連の業務補佐を行い、時報官が急病や事故等で職務遂行不能になった場合の代行も務める。ヴァイスの時間は決して、進んでも遅れてもいけないからだ。

 そして時報官が退任した場合、その塔の補佐官が繰り上がりで後を引き継ぐことになる。現在ヴァイスで時報官になる道はそれしかない。だから補佐官の地位も、常に狙われている。補佐官となるには最高水準の音楽的素養、数学的知識が必要であり、政治的な根回しも欠かせない。妖精に好かれなければ務まらないのは、最早言うまでもない。


 特にクロック、ハープシコードは何名も時報官を輩出してきた家柄で、長年の競争相手でもある。現状に加えて互いの動向にも気を配る必要があった。


「来る時報官、補佐官決定の際には、私がクロック侯を押さえてもいい。その代り、助力を頼みたい」

 クロック侯爵は姉エリザヴェータに手綱を握られている。本人のみならず、息子も姉の取り巻きとして侍っているほどだし、情報の秘匿は期待できない。優秀な一族ではあるのだが。

 ユーリスとしては、有事の際秘密裡に支援してくれる者が欲しい。そしてハープシコード卿も素早く察した。


「なるほど。そういうことでしたら、今後は皇太子殿下にお味方しましょう」

 優雅に頷いたハープシコード卿だったが、次の瞬間は探るような眼を向けた。


「ところで、ご用命はそれだけでしょうか?」

「……どういう意味だね」

「いえ。渦中の皇太子妃殿下に関して、何かお求めがあるのではと思ったのですが」

「…………」

「要らぬ勘繰りでしたか。失礼を致しました」


 全く、油断も隙も無い。この短い会話が宮廷に齎すだろう影響を考えながら、ユーリスは頷く。

 簡単なやり取りを経て打ち合わせを終え、ハープシコード卿と別れた彼の背中に、飄々とした声がかけられた。


「やってるねえ、ユーリス」

「……ベイルリス。お前か」


 紫髪の妖精は今日も楽し気に酒を掲げた。

 先ほどまで令嬢や貴婦人たちに囲まれていたはずだが、適当に抜け出したのか。今は術を使っているようで、人々に注目されている気配もない。


「……先日、ロセッティ家の夫人が見違えるように若返ったと耳に挟んだ。まさかお前のせいではないだろうな」

「だったら良かったけどね。あの貴婦人は生真面目だから。正攻法だと思うよ」

 挨拶のようなやり取りを経て、そこで終わりかと思えば、更に会話を重ねてきた。


「定期的に餌を撒かないと、下はついてこないのかい。人間社会では」

「……先例もある。元々私に味方したがる者は多くない。適当に利用して危なくなったら退避しよう、その程度の心持ちが大半だ」


 それは父のせいでもあるし、代々の王朝が罹ってきた病のせいでもあった。ユーリスは頭を振って切り替える。それを見て「冷静だね」とベイルリスは呟いた。


「……来る極夜の来訪について、今朝詳細が送られてきた。今年は凍鈴と夜霧、花影を中心に妖精を送り出すそうだ。お前の方も、そのつもりで準備しておいてくれ」

「へえ、そんなところか。となると、さしずめリュタンかライネック、それとデルガ辺りが来ることになるかな?ピーリフールかホブスラストがいたら良いんだけど」


 ベイルリスは懐かしそうな声で、同朋たちの名前を羅列した。こいつに任せておけばまあ、悪いようにはならない。それは知っている。できればそこで会話を終わらせたかったが、話はまた、喜ばしくない方向に飛んだ。


「ところで、最近は皇太子妃のことで持ち切りだね。エリザヴェータはあの通りの性格だから。皇太子妃がいつまでもつか、最近はその話で持ち切りだよ。君としては実際、どう思ってるんだい?」

「……どうもこうもない。朝から晩まで付きっ切りで守ってやるわけにもいかないのだから」


 だからこそ、代わりに仲介してくれる人間として、ソフィアを選んだのだが。最初は彼女も、隔離案に賛同してくれていたと思うのだが、ここのところどうも様子がおかしい。予定していた道筋からどんどん外れて行っている気がする。

 飲み物を取って一息つき、今度はユーリスから相手に矛先を向けた。


「お前こそ、姉上に何か物申す気はないのか。仮にも名付け親だろう」

「まさか、無理だよ。エリザヴェータは昔から執拗な娘だったから。ましてカサンドラ皇妃まで絡んできたら?どうなることか、まるで先が読めないね」


 軽やかに語る妖精に、ユーリスは白い目を向けた。

「……姉上のあの様には、お前にも責任の一旦があるのではないか?」

「……否定はしないけどね」


 ベイルリスは確かに一瞬、言葉に詰まった。如何に百戦錬磨の妖精でも、突かれたら痛いところはあるようだ。ユーリスもユーリスで気まずさを覚えた。

 ため息が出そうになる。社交界などにいると、どうも思考が陰湿になっていけない。そう思った。


「…………」

 反面、この人は陰湿から程遠い。布団にくるまって、早速寝息を立て始めたアンゼリカを見てユーリスは思う。

 ただの政略結婚だ。必要以上にこちらの事情で振り回したくはない。上手く着地させないといけない。そればかり考えていたし、今でもそうだ。


 ただ、彼女をどう扱ったものか、まだ決めかねていた。


※毎日、昼に更新します。

面白いと思っていただけたら、リアクション、ブクマをいただけたら嬉しいです!!


アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…

ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの夫。

ソフィア:ロスニア辺境伯の妻。ユーリスの従姉妹。アンゼリカに好意的。

皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。

カサンドラ:ヴァイス帝国の皇妃。

エリザヴェータ:ユーリスの姉。

リュドミラ:ユーリスの異母姉。なぜか喪服を着ている。

アレクサンドラ:ユーリスの異母姉。

ペネロペ:ヴァイス帝国の元皇妃(故人)。ユーリスとエリザベートの母。

ベイルリス:妖精族。樹氷の部族長の兄


ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。

ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。

フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。



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