おいしい食事をともにすれば、大抵のひとと仲良くなれるかも?
アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…
ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの婚約者。
皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。
ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。
ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。
フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。
※火、木、土、日の昼に更新します。
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(2025年9月現在)
その夜、王宮で盛大な晩餐会が開かれた。シャンデリアが光を投げかける豪奢な空間で、着飾った貴族たちが会話の合間合間に視線を送ってくる。
「おいしいですね、この魚」
「ええ。……アンゼリカ姫の故郷の魚と聞いています」
「あ、そういえば。ルペーですね、これって」
道理で、なんだか覚えがあると思った。調味料やソースでかなり贅沢な味わいになっているが、この味は確かに故郷の家庭料理でおなじみの魚だ。
主菜のルペー魚は、ラスフィードではお馴染みの主食である。付け合せの野菜はヴァイス特産の根菜が主だ。添えられている銀火酒もヴァイスのものである。
そして食器はフローラスの陶芸品。明らかに今回の婚儀を意識した取り合わせであったが、アンゼリカはただ故郷に近い味に喜んでいた。
「でもこの魚、結構骨があるはずなんですけど……全然無いですね。不思議です」
「料理人の技でしょう。……ヴァイスでも魚釣りや調理は行われますが、こんな風に処理されることは少ないので、興味深いです」
アンゼリカは一旦手を止めて、まじまじと隣を見た。ユーリスは静かな横顔を向けている。
「ヴァイスでも漁業をするのですか?」
「春から夏は漁をすることもありますよ。ただ、冬は駄目ですね。ほとんどの沿岸は凍ってしまって、魚を取るどころではありませんので」
「でも……大変ではありませんか?暖かくなっても、氷の一部が溶け残っていたりしら危ないのでは……そういうところで漁をするなんて」
「大丈夫ですよ。ヴァイスでの漁や哨戒は、レデラスト……セイウチの変種の力を借りています」
それを聞いて、アンゼリカはぽんと手を打った。
「氷獣ですね!」
「よくご存知で」
ヴァイスには、氷獣と呼ばれる獣たちがいる。寒い寒い地域で、妖精に守られ、人と獣で助け合って日常を営んでいると聞いた。
「動物は好きですので、一度見てみたいです」
「ええ、ヴァイスに入れば、すぐご覧に入れることになると思います。馬車も途中からは、氷角鹿に牽いてもらいますから」
「そうですか?では、楽しみにしていますね」
仲睦まじく会話する彼らの姿は、周囲の貴族に代わる代わる観察されていた。ユーリスは杯を置いて、のほほんとした顔のアンゼリカを見つめる。
「……アンゼリカ姫は、明日からの予定を聞いていますか?」
「はい、聞いてます。王都郊外の湖で、遊覧船に乗せてもらえると……明日の昼に乗船して、丸一日過ごして、それからすぐ結婚式なんですよね」
「……貴女は、その運びをどう思っていますか?」
「……?船にはもう中々乗れないと思っていたので、嬉しいですけど」
結婚式直前まで、水上という逃げ場のない場所で過ごさせる。これはどんなに嫌がろうとも、何としてでも絶対に結婚させる、逃げる余地なぞ与えないという宣告に等しい。
繊細な姫君なら、悲観で泣き崩れてもおかしくはないところだ。だがアンゼリカは全く気づかず、ここでも普通に喜んだ。
「…………そうですか」
ユーリスはそれに、微妙に考え込むような表情で微笑した。
しかし翌朝、出発直前にいきなりアクシデントが起きた。ユーリスとアンゼリカは、豪華な馬車の中で目を見合わせた。
「……動きませんね」
「そうですね」




