不思議な夜と色の饗宴
「……」
少し思案してから、ソフィアは侍女に言いつけて、蜜入りの乳を水晶の杯に入れたものを用意させた。人間だったら一口で終わりそうな、ごく小さなものだ。それを窓辺に置き、フィアールカをじっと見つめてから静かに下がった。
静まり返った。フィアールカはちょこんと座ったまま、静かに待っていた。
やがて、不思議な変化が生じる。部屋のそこかしこから、音もない気配が動き出した。
カーテンから、箪笥から、タペストリーから。目の届かない物陰から、ぴょこぴょこと小さな影が飛び出してくる。それは掌ほどの大きさの小人たちだった。背中には、小さな羽が生えている。ぱたぱた、ぴくぴくと忙しなく動いている。
フィアールカが首を傾げながら出迎える。きゅうう、と小さな声が部屋に響いた。それを聞いた小人たちは、列を作って部屋の中に入ってくる。
白い鳥は、それを先導するようにアンゼリカに近づき、首元に嘴を寄せて、首にかけていた指輪を引っ張り出す。樹氷の紋章の指輪は、室内の淡い灯りにもきらきらと輝いた。
「くう……」
「…………」
「……?」
「……!」
小人たちはアンゼリカをじっと見つめる。彼らは窓辺の一杯の乳を回し飲みしてから、ふんふんと頷き合った。
それから彼らはちょこちょこと床を行進し、アンゼリカの傍へ行く。寝入っている彼女を、座った椅子ごと取り囲み、やがてその周りをぐるぐると回り始めた。
左右から、上から、下から、矯めつ眇めつ観察した。踊りながら、彼らはひそひそと囁き合ったが、やがて合意を示すように頷き合った。
すると、机に放置されていた糸が、見えない手が動いたように浮かび上がる。何本もの糸が同時にするすると、ひとりでに繊維に絡むように縫い付けられていく。彼らはぱたりぱたりと歩き回り、色とりどりの糸を操りながら、刺繍を仕上げていく。小さな足を動かし、手を取り合って歌うように口を動かす。見る見る、布の上に模様が広がっていく。
何色もの糸の帯が、虹のように空中に浮かぶ。極彩色の宴は、夜が更ける頃には終わった。
……それからしばらくした頃、扉が開く音がした気がして、アンゼリカははっと目を覚ました。
「……うーん……わっ、寝てた……」
……何か、変な夢を見た気がする。アンゼリカは首をひねりながら伸びをした。ふわあと欠伸をしたその時、声がかけられた。
「……アンゼリカ姫」
「わあっ!?」
飛び上がりそうになったアンゼリカは、振り返って相手を確かめる。そこにいたのは、最近やっと見慣れてきた美貌の青年だった。
「あ、ユーリス様。おかえりなさい……」
どうやら彼が帰って来た音だったらしい。照れ笑いするアンゼリカに、ユーリスは案じるような視線を向けた。
「……最近の夜は冷えますから、このようなところで眠ると風邪をひきますよ」
「うわ、本当だ寒い……!」
部屋の冷気に、アンゼリカはぶるりと震えた。ユーリスは一瞬迷ったが、結局着ていた外套をその肩にかけた。
「ソフィアから話を聞きました。姉上からまた難題を言いつけられたと……姉上の言葉は気にしなくて結構ですので、無理をしないで下さい」
「いえいえ!エリザヴェータ様は、私が早くヴァイスに馴染めるよう、気遣って下さっているのですから!今日も侍女やお針子の皆と色々お話をさせてもらって、楽しかったですし!お願いされた刺繍もお陰で結構進みましたし、これから頑張ります!」
「……アンゼリカ姫が楽しかったのなら、何よりですが……」
アンゼリカが示した布の山を見、一枚を手にとって、ユーリスは頷いた。
「……確かに、もう全てできていますね。見事なものです。アンゼリカ姫は裁縫がお得意なのですね」
「……え?いえ、まだ全部は……」
机の上に広げた布地には、鮮やかな模様が浮かんでいる。ぱちぱちと瞬きしてから、恐る恐る手を伸ばす。……目の錯覚ではないようだ。
エリザヴェータに言いつけられた刺繍の課題。山ほどではなくても、まだ小山ほどはあったはずのそれが、全て完成していた。
「え?え?あれ……っ?」
「完成したのなら良いのです。お疲れでしょうから、早く休んで下さい」
ユーリスは混乱するアンゼリカを宥め、早く眠るようにと促した。




