髪は女の命?
「ただいま戻りました!先日ご注文なさった月長石と紫水晶の首飾り制作ですが、経過は順調とのことでした!」
「あら、早かったのね。じゃあ次は西の塔へ行ってきなさい」
元々体を動かすことは好きだ。氷上移動ももっと上手くなりたいし、練習の機会が増えるのはむしろ嬉しかった。お使いとして駆け回れば、地理や情報が頭に入るので、まだ皇城に慣れない身にはありがたい。懸念点といえば、未だ下手なヴァイス語だが、フロレ語を交えての身振り手振りで何とかなった。皇城の人間は大抵フロレ語を使えるというのは本当らしい。
そんな色々がありつつも、アンゼリカが第一関門を耐えたという噂は、その日のうちに広まった。「耐えられない」に賭けていた貴族たちは、あえなく私物や金を巻き上げられた。その一部は、ソフィアの手元に収まったようである。
ユーリスとしては、大方予想通りであり、今日は良くても長続きはするまいという目測だった。
自分の問題は自分で片づけるという姿勢は美しい。だが、エリザヴェータの攻撃の執拗さは凄まじいものだ。一日もいびられれば現実を思い知り、早く逃げ出したいと言い出すだろう。それから隔離計画を再開するのでも、何も問題ない。元々予定していたものが、多少遅延するだけのことだ。
アンゼリカは弱り切っているだろう。泣いているだろうし、今度こそ恨み節を吐かれるかもしれない。何とか宥めて、離宮に行くよう誘導し直さなければ――そんな陰鬱な覚悟を固めて部屋に戻った彼を待っていたのは、楽し気な話し声だった。
「櫛や簪はやはり、ある程度長さがないと難しいでしょうね……小ぶりのものなら、何とかなるでしょうか?」
「でもソフィアさん、これすっごくぐらぐらします!」
「あら本当。これだと安定感が足りなくて、実用は無理ですね。お似合いですが」
「そうですか?ありがとうございます!」
一緒に聞こえてくるのはソフィアの声だった。何やら装飾品の話題で盛り上がっているようだ。ユーリスは一声かけてから、部屋に入った。
「あ、ユーリス様。おかえりなさい!」
振り返ったアンゼリカの髪を見て、ユーリスはぎょっとした。
「その髪は…………どうなさったのです!」
腰まであったはずの茶色の髪は、鎖骨に届くかどうかくらいまで短くなっていた。付け毛を外し、地毛のみにしただけとも言う。エリザヴェータに切られたと知って、彼はいよいよ蒼白になった。
「大変申し訳ございません……姉上はその、激しやすいご気性でして。謝って許されることではないと思いますが、どうか謝罪させて下さい」
「いえいえ、それは大丈夫です!むしろ頭が軽くて、動きやすくなったくらいですし!」
ぶんぶんと首を振って、アンゼリカは短くなった毛先を摘まんで見せた。
「ただ明日からは、付け毛はなしにしようと思うんです。今更元通りにするのも変でしょうし……私もやっぱり、長い髪にまだ慣れないので」
実際、いきなり元に戻したら、エリザヴェータに「反省の色なし」と見做されるため、それが正しい判断と言えた。しかし現実的な問題もある。
「そうですか?ですが、この国の装いや装飾は長い髪が前提であり……」
「はい、それはソフィアさんにも前言われました!でもそこはこう、アレンジで!どうにか素敵にまとめる案を一緒に考えていたんです!」
「うふふ、そうなんです。わたくしも、短い髪のお洒落はあまり考えたことがなかったのですが、だからこその発見もあるかもしれませんから」
「ええ!流行は革新から始まることもあります!」
アンゼリカはへこたれた様子もなく、ソフィアと仲良く盛り上がっている。ユーリスは何と声をかけていいのか分からなくなり、誤魔化すように咳ばらいをした。
「とにかく……今日はお疲れ様でした。どうか無理はなさらないで下さい」
「……はい、ありがとうございます!明日からも頑張ります!」
アンゼリカは明るい笑顔を浮かべ、胸の前で拳を握った。
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アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…
ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの夫。
ソフィア:ロスニア辺境伯の妻。ユーリスの従姉妹。アンゼリカに好意的。
皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。
カサンドラ:ヴァイス帝国の皇妃。
エリザヴェータ:ユーリスの姉。
リュドミラ:ユーリスの異母姉。なぜか喪服を着ている。
アレクサンドラ:ユーリスの異母姉。
ペネロペ:ヴァイス帝国の元皇妃(故人)。ユーリスとエリザベートの母。
ベイルリス:妖精族。樹氷の部族長の兄
ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。
ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。
フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。




