エリザヴェータの義妹いびり
そんな、様々な期待や悲喜こもごもの中心で、アンゼリカの皇城生活が始まった。やはりと言うか、それはかなり過密なものとならざるを得なかった。いつ音を上げるかと見守る貴族たちの関心を浴びながら、彼女はエリザヴェータに振り回されることになった。
エリザヴェータが狙った相手を、特に外国の女性を追い詰める手法は、ある程度定型化している。そのため段階別の賭けも行われており、何段階目で泣くか、音を上げるかといったことまで賭けの対象になった。
アンゼリカはそんなことを知る由もなく、翌朝、エリザヴェータの住まう冬華殿に参じた。
「おはようございます、エリザヴェータ様!」
エリザヴェータから、毎朝のご機嫌伺いが義務付けられたためだ。従って、アンゼリカの朝一番のお勤めはこれである。洗面用具や盆を掲げ持つ侍女たちの先頭に立ち、寝室に入る。
「鳥を助けたいならば、飼い主の貴女に償いをしてもらわないといけないわ」
昨日、エリザヴェータが言ったことを、アンゼリカは忠実に守るつもりだった。
「わたくしの言葉に逆らわぬように。必ず守るように。わたくしに背かぬように。……許されたければ、そうしなさい」
エリザヴェータの生活は規則正しく、遅れることは許されない。エリザヴェータは朝が早いため、これだけでも向かない者は音を上げるだろう。
「そうね。今朝は貴女に髪を梳いてもらおうかしら」
身を起こしたエリザヴェータは、早速アンゼリカに狙いを定めた。
「櫛に髪を絡めたら承知しないわよ。……一度につき、必ず何らかの償いをしてもらうから」
「承知しました!」
アンゼリカは早速、義姉の金髪を梳かし始めた。髪結いもたまにしていたので、櫛の扱いは分かっている。正直舞い上がっていた。宮廷一の美姫と誉れ高い、エリザヴェータの黄金細工のような髪を触れるなど、僥倖以外の何物でもない。
「エリザヴェータ様の御髪、とってもきれいですね!コシも柔らかさも絶妙で、滑らかさと輝きも完璧、近くで見て触ってみると本当にますます」
「無駄口は叩かなくてよろしい」
ぴしゃりと言われて、口を止めた。それでもにこにこと櫛を操り続けた。
エリザヴェータの美への執念は尋常ではない。髪のブラッシングだけでも何時間とかけるのが当然で、侍女数名で交代しながら取り掛かる大仕事だ。少しでも絡まったり引っかけたら叱責されるので、緊張感も並大抵ではない。
だがしかし、数十分ぶっ通しで髪を梳かしても、アンゼリカの腕は全く疲労を見せず、手つきに淀みも生じなかった。
それはそうだ。漁の手伝いを思えば、こんなのはまだまだ軽い方である。
「……もういいわ。結い上げるから離れなさい」
「あ、そうですか?ありがとうございました!」
もういいと言いつつも、エリザヴェータの声と視線は針のような鋭さを帯びていた。白い手がさらりと動き、肩の辺りを撫でつける。
それに気づかず、むしろどこか名残惜しそうに、アンゼリカは身を退いた。そんな彼女に、侍女たちは密かに驚きの目を向けていたが、やがて目配せをし合った。目線が集中した気弱そうな侍女が、びくりと肩を震わせた。
「……それでは、お化粧の準備を始めます」
侍女たちがぞろぞろと、それぞれの持ち物を掲げ持って、アンゼリカの背後を回り込んでいく。最後尾の気弱そうな侍女が、足をよろけさせてその背中にぶつかった。
「きゃっ……」
「え?あっ……」
小さな叫び声を上げ、アンゼリカはたたらを踏む。何とか転ばずに踏みとどまったが、エリザヴェータの夜着の裾を踏んでしまっていた。
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アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…
ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの夫。
ソフィア:ロスニア辺境伯の妻。ユーリスの従姉妹。アンゼリカに好意的。
皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。
カサンドラ:ヴァイス帝国の皇妃。
エリザヴェータ:ユーリスの姉。
リュドミラ:ユーリスの異母姉。なぜか喪服を着ている。
アレクサンドラ:ユーリスの異母姉。
ペネロペ:ヴァイス帝国の元皇妃(故人)。ユーリスとエリザベートの母。
ベイルリス:妖精族。樹氷の部族長の兄
ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。
ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。
フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。




