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貴族の遊戯、もしくは暗闘

 翌日午後、辺境伯は談話室の入り口付近で妻を捕まえ、昨日のことを問い質していた。


「どういうことだ、ソフィア。皇太子妃殿下は皇城に来て日が浅いのだから、正確な判断など望めないだろう。君が諫めるべきではなかったか。これまでの段取りを無にしてまで、このような……」


 話し合う夫婦の耳に、誰かの話し声が聞こえてきた。見ると数人の貴族が群れ集まり、好奇心も露わにやり取りをしていた。


「……ということは、あの方が昨日エリザヴェータ様の不興を買ったということは真だったので?」

「ええ、本当ですとも。お付き侍女の実家から聞きましたから間違いありません」

「それはまた。久しぶりの見物ですな。カサンドラ皇妃はあの通りのご様子ですし」

「いつ泣き出すか、もしくは部屋に籠るか?賭けは一日から受け付けておりますよ。興味があればぜひ」


 …………要は、賭博であった。最近はやはりと言うか、アンゼリカが格好の的のようだ。


 ヴァイス皇城ではお馴染みの光景と言えた。カサンドラやオフィーリアの輿入れの時も、これと同じような賭場が各地に出没したものだ。やり取りされる掛け金の多くは金銭だが、時には宝飾品であり、骨董品であったりする。場合によっては、夜光雲や鱗粉入り白粉など、妖精の手になる品が飛び交うことすらある。


 交わされる取引の声に、辺境伯は顔を顰めた。こういう趣向は好かない。皇家の内部事情をこんな賭け事の種にすること自体が、無粋であり不敬だ。


 とはいえ、皇城に出入りする貴族たちにとって、それが最大の関心事であることは間違いない。事あるごとに人々の口の端に上れば、そこに様々な思惑や欲望、利害がまとわりつくのも自然なことだ。だから、こうした遊戯も成立する。皇城に蠢く貴族たちの、悪趣味な娯楽であった。彼はこういうものが好きではないし、それはソフィアも同様であるはずだった。


「場所を移そう、ソフィア。…………ソフィア?」


 それなのにソフィアは歩み寄り、朗らかな声をかけた。

「失礼。その賭け、わたくしも参加していいかしら?」


 それに、周囲がざわめく。誰もが驚き、目を見合わせた。それというのもソフィアはこれまで、この手の賭け事に参加したことがなかったからだ。

 最初に我に返ったのは、元締めをしているオーバーマントル伯爵だった。品のいい身なりの貴族は、気を取り直すように小さく咳ばらいをする。


「これはソフィア様。ええ勿論、大歓迎ですとも。十日ですが、一月ですか?大穴で一年というのも……」

「ありがとう!取り敢えず、十年くらいでお願いできます?」


 その答えに、彼らは一人残らず目玉を落としそうになった。夫である辺境伯は立ち眩みに襲われた。


 驚きが冷めるなり彼らは目配せし、ひそひそと囁き合った。一体どうしたのか、辺境伯家に異常があったのでは、今後の付き合いを考えるべきか――大袈裟に言ってしまえば、「気でも狂ったのか」という雰囲気だった。方々から突き刺さる懐疑の視線を、しかしソフィアは笑顔で弾き返す。


 オーバーマントル伯爵はそんな彼女に探るような、やや胡乱気な視線を送る。

「……貴女は、皇太子妃殿下のお傍付きでしたよね?」

「ええ、そうですわ」

「お傍でお世話をしていて、何か……この先に繋がる可能性を見出したと?」

「……どういうつもりだ、ソフィア」


 辺境伯は他人に聞かれないよう、低く囁いた。ソフィアとて皇家に連なる者、今の状況を理解していないはずがない。それなのに、何故こんなことを言いだしたのかと。


 皇家の現状は、ここ数代でも飛び抜けて凄まじい有様だ。狂った皇帝と皇女たちの饗宴。ヴァイスの貴族令嬢ですら、適応に苦労するだろう。まして外国出身で適応できる者など、いないはずだ。


 否、そんな人間は絶対にいないのだ。それは皇城の常識だった。炎帝の十三名の妃が証明している。

 だからこそユーリスは、可能な限り早くアンゼリカを隔離しようとしたのだ。


「……わたくし、アンゼリカ殿下はこの国に嫁ぐべくして嫁がれた方だと思うのです」

「……その心は?」


 ソフィアは扇を傾けて口元を隠し、うふふと笑った。

「……わたくしが、アンゼリカ殿下を信じたいと思うからですわ」


 しかし賭けにも期間があるため、十年というのは通らなかった。最長の目は一年とのことだった。「仕方ありませんね、では一年で」ソフィアは首を傾げた。


 そして、周囲の驚愕と懐疑の視線をものともせず、そこに一点張りしたのだった。



※毎日、昼に更新します。

面白いと思っていただけたら、リアクション、ブクマをいただけたら嬉しいです!!


アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…

ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの夫。

ソフィア:ロスニア辺境伯の妻。ユーリスの従姉妹。アンゼリカに好意的。

皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。

カサンドラ:ヴァイス帝国の皇妃。

エリザヴェータ:ユーリスの姉。

リュドミラ:ユーリスの異母姉。なぜか喪服を着ている。

アレクサンドラ:ユーリスの異母姉。

ペネロペ:ヴァイス帝国の元皇妃(故人)。ユーリスとエリザベートの母。

ベイルリス:妖精族。樹氷の部族長の兄


ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。

ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。

フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。


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