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エリザヴェータの要求

 …………そう、あの後は中々大変だった。


「……ちょうど、スノーク羽の扇を新調したいと思っていたの」

 フィアールカに冷ややかな目を注いだまま、エリザヴェータは言った。「その鳥を置いていくなら今回だけは許してあげるわ」と。


 何を要請されているかは、流石のアンゼリカにも分かった。フィアールカだけを置いていくなんてできるわけがない。


「私はフィアールカの友達として、責任取ってエリザヴェータ様に償いをしなければいけなくなりました!なので離宮には行けません、ごめんなさい!」

 場違いなほど明るい顔で、ユーリスに言った。ユーリスは半ば混乱しながらも、意気込む彼女を何とか説得しようとした。


「……あ、アンゼリカ姫。ですがそれは……貴女の手に負えるようなこととは思えません。姉上には後日私からお詫びをしておきますので、このまま大人しく離宮へ行って頂くのが最も……」

「いえ、これはフィアールカの、ひいては私の問題ですから!ユーリス様に尻ぬぐいをしてもらうわけには!」

 アンゼリカも譲らない。押し問答に発展しそうになった、その時だった。


「良いのではないですか、皇太子殿下」

 その時、柔らかい声が響く。黙って聞いていたソフィアが、穏やかに笑っていた。


「アンゼリカ殿下はこう仰っていますし……急いで離宮にお入り頂かず、もう少し様子を見てみては?」

「だが、ソフィア。姉上は……」

 言い募ろうとしたユーリスの手を、アンゼリカが引いた。気温のせいか運動のせいか、頬が真っ赤に染まっている。


「ユーリス様!私大丈夫ですから!一旦お部屋に戻りましょう、さすがに寒くて!」

「ええ、温かいお茶をおいれしましょうね。アンゼリカ殿下、どうぞこちらへ。あ、これは私の上着ですが良ければ……」

 ソフィアは羽織っていた外套を脱ぎ、アンゼリカに着せかけた。寒くなり出した秋の空気に、ふわりと上品な香が舞う。


「え、いえ、悪いですから!ソフィアさんが着ていて下さい」

「いいえ、少し重ねすぎて蒸し暑いと思っていたほどなので。わたくし、普通より寒さに強いですから。アンゼリカ殿下さえ嫌でなければ……」

「そ、そうですか……?では、ありがとうございます!」


 アンゼリカとソフィアが仲良く話しながら遠ざかっていく。ユーリスはその流れに、暫し唖然と立ち尽くした。


 一方冬華殿では、終わらない奏楽とたどたどしい足音が響いていた。煌びやかなドレスに荒れた手が、残酷なほど不似合いで、憔悴のせいで息が切れる。


「…………はあっ、こ、皇女様、もう……」

「あら、もう疲れたというの?頼りないこと。もっと楽しませてくれるかと思ったのに。お前では一生かかっても着られないような衣類よ、存分に――」


 そしてエリザヴェータは、皇太子妃のドレスを着せた雑役婦を躍らせて楽しんでいたのだが――不意に伴奏が途切れた。その異変に、彼女は眉を跳ね上げた。取り巻きたちもまた、不機嫌の予兆に表情を動かす。


「……音楽。どうしたというの」

「申し訳ございません、弦が切れました……どうか、この辺りでご宥恕を」


 エリザヴェータは美しい瞳に失望と蔑みを浮かべ、溜息を吐く。一方で演奏者の青年は隈の浮いた蒼白な顔をしていた。指先は細かく痙攣しており、見るからに疲労困憊の様子だ。


 朝にエリザヴェータから下された「わたくしのために丸一日バイオリンを奏でなさい」との命令を健気に遂行しようとした末路であった。

 エリザヴェータは背後に冷え冷えとした視線を注ぎ、「弦が切れても止めるなと言ったはずよ」と呟いた。青年は青ざめた顔を更に青くし、残る弦を使って演奏し始めた。正面に向き直ったエリザヴェータは、それを見ようともしない。


 ……全く、つまらない人間が多すぎる。そう、退屈しているのだ。何もかも……しかし、今日は思わぬ拾い物があった。


「…………新しい玩具は、如何ほどのものかしらね?」

 真っ白なスノーク羽の扇を尊大な仕草で仰ぐ。アンゼリカがエリザヴェータに目をつけられたという噂が皇城を駆け巡るのに、まさか一日を要しはしなかった。

 一方、冬華殿のほど近くに佇む氷吟塔。夕暮れの庭園に、その影は鋭い針のように突き立っていた。


 どのようにして上ったのか、その頂上で、擦り切れた修道服の裾が翻っていた。風が強くなるとともに、それは勢いよくはためく。風に紛れて消えそうな、淡い灰色の髪も同様に。


「…………」

 アレクサンドラは黄昏の空を見上げて、手に持っていた草笛を眼下に投げ捨てた。

 



※毎日、昼に更新します。

面白いと思っていただけたら、リアクション、ブクマをいただけたら嬉しいです!!


アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…

ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの夫。

ソフィア:ロスニア辺境伯の妻。ユーリスの従姉妹。アンゼリカに好意的。

皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。

カサンドラ:ヴァイス帝国の皇妃。

エリザヴェータ:ユーリスの姉。

リュドミラ:ユーリスの異母姉。なぜか喪服を着ている。

アレクサンドラ:ユーリスの異母姉。

ペネロペ:ヴァイス帝国の元皇妃(故人)。ユーリスとエリザベートの母。

ベイルリス:妖精族。樹氷の部族長の兄


ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。

ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。

フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。



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