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氷吟塔の音

 正午を告げる音が皇都に響き渡る。音の出所は、皇城敷地内に佇む氷吟塔だ。ユーリスがいる門からも、その先端が見えた。その形は鋭く、尖塔を思わせた。


「……どうにか時間通り、予定通りに進んだな」

「はい。皇太子妃殿下も、じきお越しになるはずです」


 ユーリスは必要な執務と用事を終え、東門の傍で待機していた。辺りに響く音に耳を傾けながら、何気なく氷吟塔の方を見た。


 ヴァイスには、鐘楼という施設がない。皆無というのではないが、余程の田舎でなければまず見られない。

 理由は色々とあるが、第一は妖精が鐘の音を嫌うためだ。特に氷路の近くに佇む街には、鐘を内蔵する建物は決して設営されず、そうなれば必然的に主流から遠ざかる。


 それではどうやって住人に時刻を伝えるか。他国では鐘楼が果たすその役割を担うのが、あの氷吟塔である。


 内部には幾本もの氷柱が林立している。出る音はこの長さと太さ、内部の水晶粉の量によって変わる。言ってしまえば巨大なハープのような機構である。

 多くは入り口から少し上がったところに制御室がある。そこで演奏を行うと、歯車と錘によって専用の撥が動き、時間を告げる音が鳴る。塔そのものの構造によって、音は増幅され、反響しながら外部に響き渡る。


 その響きもまた独特だ。国外の楽器で例えるとハープか、或いは木琴が近いだろうか。澄んだ水や氷を象ったような、柔らかく澄んだ音。けれど余韻が深く漂う。音そのものが絶えても暫く、残り香のような響きの残滓が残る。音源との距離は音量に影響せず、近いからうるさい、遠いから聞こえにくいということもない。


 貴重な妖精の贈り物であり、魔法の効果故音が届く範囲は極めて広い。日中十二時間、帝国各地に勤める十二名の時報官が、十二基の氷吟塔を動かし、一度ずつ音を鳴らす。ヴァイスではそうやって、国民に時間を伝えるのである。尚、非常時はこの限りではない。


 皇都までの旅路を思い出す。視察で立ち寄った氷吟塔に、アンゼリカは目を丸くして驚いていた。

「これは……凄いですね!あの氷柱から、どうしてこんな音が出るのですか?」

「あれはただの氷柱ではないですから。妖精が魔法で作った、特殊な氷の弦です。塔内の機構で撥を動かして、弦を弾くことで音を出します。フローラスにもハープがあったでしょう?原理はあれと同じようなものです」

「そ、そうなんですか、なるほど……言われてみれば似ています。どちらも、綺麗な音色ですね……」


 少女は照れ笑いをしつつ、聞き惚れるように塔を見上げていた。

「撥はモロゾロクの角を加工したものを使っています。見えますか、頭上のあれです」

「本当、所々光ってますね!音も、中の作りも、とても不思議で綺麗です。本当に素敵」


 アンゼリカの楽しげな笑顔が、やけに鮮明に浮かび上がるのは、氷吟塔の音色のせいだろうか。ユーリスは息をつき、頭を切り替えた。


「ソフィアがいないのに不安が残るな……残りの侍女だけで、大丈夫だろうか」

「二名ほど、今日もお傍についているはずですが……」


 ユーリスも、皇太子の身で日々多忙だ。四六時中ついているわけにもいかないから、ある程度は侍女や家来を信じて任せるしかない。それでも、できるだけの配慮はしたつもりだ。

 身辺に控える侍女を減らしたのもそうだ。皇帝には話を通さないわけにいかないとはいえ――それも事後報告で済ませるつもりでいたが――姉妹たちに話が漏れたら、どんな横槍が入るか分からない。できるだけ秘密裏にことを済ませるには、関わる人数を減らすのが安全だった。


「ソフィア。君にも苦労をかけてしまった。だが、これが終われば一安心できる」

「……はい。お役に立てたなら、何よりでございます」

 離宮に先行して、準備と諸連絡を終えたソフィアも戻ってきていた。その顔は笑っていたが、何故かどこか複雑そうだった。


 だがユーリスにとっては、これが最善と信じた既定路線だった。後は彼女に任せればいい。これでもう、アンゼリカが皇城の泥沼に煩わされることは無くなる。

 アンゼリカは、野蛮と蔑まれることも多いヴァイスの文化を、笑顔で心から楽しんでくれた。

 だからこそ、その顔が恐怖と絶望に歪む様は見たくない。傷が浅いなら浅いまま、隠遁してもらうのが一番良い。


 ただ、どこかで、少しだけ――……

 何を考えているのだろう、そう思った。まっとうに考えて、これが最良であるのは間違いないのだ。それなのに、心に妙な曇りが浮かぶ。


 こうするしかない。これが正しいと、その論拠は幾つも思い浮かぶのに。目を伏せる。早くアンゼリカを送り出して、物思いごと打ち切ってしまいたかった。

 けれど約束の時間が来ても、過ぎても、アンゼリカは現れなかった。



※毎日、昼に更新します。

面白いと思っていただけたら、リアクション、ブクマをいただけたら嬉しいです!!


アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…

ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの夫。

ソフィア:ロスニア辺境伯の妻。ユーリスの従姉妹。アンゼリカに好意的。

皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。

カサンドラ:ヴァイス帝国の皇妃。

エリザヴェータ:ユーリスの姉。

リュドミラ:ユーリスの異母姉。なぜか喪服を着ている。

アレクサンドラ:ユーリスの異母姉。

ペネロペ:ヴァイス帝国の元皇妃(故人)。ユーリスとエリザベートの母。

ベイルリス:妖精族。樹氷の部族長の兄


ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。

ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。

フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。


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