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星辰の姫、生贄の花嫁

アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…

ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの婚約者。

皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。

ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。

ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。

フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。


※原則として、火、木、土、日に更新します。

読んでいただけたら嬉しいです!!

(2025年9月現在)

「危ないですよ」


 隣から響いた声に、すみませんと照れ笑いを向ける。


「……実は私、歌劇は初めてなんです」


「そうなのですか?私もそれほど多くはありません。……運が良いですね。初めての観劇が、ファルツ座の貴賓席とは」


 アンゼリカは、ユーリスの声の微妙な含みに気づかず、素直に「そうですね」と頷く。けれどいざここに座って、少し気になったことがある。


「でもここ、本来は王家の方々が使うようなお席なのでしょう?……ですがそう言えば、王家の方たちとあまりお会いしませんね。国王陛下には一度お目にかかりましたが、それ以外はほとんど……」


 アンゼリカは首を傾げる。ユーリスは小さく苦笑した。


「……最近、フローラス王家の姫君たちは、公の場においでにならないそうです。どなたも病床に伏したり、降嫁なさったり、出家を願われたり。ある方から、ここ数年ファルツから花が消えたようだと言われてしまいました」


「……そうなのですか?」


 偶然が重なったのだろうか。不思議なこともあるものだとアンゼリカは思う。


 姫君たちが一様に炎帝との縁談を嫌がって逃げ回ったことも、それをわざわざユーリスに当てこする者がいたことも、彼女には知る由もないことだった。


 姫君に留まらず、ユーリスの前に年頃の女性が出てくることも殆ど無かった。気に入った女性を無理矢理攫ったり、逆に手打ちにしたりすると言われる炎帝の風評によるものだ。


「今日観る演目は、星辰の姫というのですよね。良く分からないけど、きっと綺麗なんでしょうね……」

「……ええ。天上の姫が地上に降りたことで織りなされる物語ですよ」


 この演目一つ取っても、フローラス側の苦心と配慮の賜物だ。無難で無害で格式高い、後々の火種にならないであろうものを選び、演出や役者の選出にも気を遣っている。


 やがてベルが鳴り、幕が上がった。


 ――星辰の姫はある経緯から地上に降り、男たちに求愛される。だが、そのどれにも頷こうとはしない。しかしある時遂に、一人の男と恋に落ちる。けれど姫は、ずっと地上にはいられない。定められた別れが日一日と近づき、彼らは決断を迫られる。


 役の心情や場面転換に合わせて、何度か舞台は反転し、別世界のように様変わりした。アンゼリカはその度に感嘆の表情を浮かべた。


 最後に、姫は天空に還る。そして、最高潮でそれは起こった。


「え……わあ……!」

 それは、鏡と光を使った演出だった。小さな光が砕かれ、反射し、空間に散りばめられ……星が降ってきたように輝いた。ふわあ、と小さく声が漏れた。


 夢のようだった。目くるめく展開に目が離せなかった。一生に何度もないだろう豪華体験を、アンゼリカはただ無邪気に楽しんだ。


「とても綺麗でした!すごいのですね、フローラスって」

「……ええ、そうですね」


 アンコールの時は、姫を演じた主演女優が貴賓席に向けて一礼した。湧き立つ劇場に消されぬよう、アンゼリカは夢中で拍手を贈る。


 その隣で、ユーリスも穏やかな表情で手を叩く。称賛を表明し、しかし品を損なわない威厳ある仕草だ。


 そんな二人には、舞台からの客席からも代わる代わる、意味深い視線が送られていた。




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