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新婚夫婦と、これから

「何って、それは……」


 ユーリスは戸惑った顔をする。彼にとってはアンゼリカの反応の方が想定外だった。対面の顔はいつも通り、のほほんと明るく、落ち着いている。その顔にいよいよ、何を考えているのか分からなくなる。


 炎帝の方は、噂が出回っているので多少心構えができたかもしれない。だが、皇女たちは違うだろう。


 エリザヴェータは不利な噂を振りまき、リュドミラは結婚式を台無しにしようとした。挙げ句アレクサンドラは、新婚の部屋に押しかけて、意味不明なことを吐き捨てていく始末。


 考えれば考えるほど、彼女にとって不快なことだらけ。その上ユーリスは先ほど、冷酷な言葉で追い打ちまでかけた。忍耐が尽きて、溜め込んだ不満を爆発させてもおかしくはない、むしろ当然だろう。


「……陛下は貴女に襲い掛かり、リュドミラは婚礼の最中にあのようなことを仕出かしましたし……先ほどのアレクサンドラとて、常識外れにも程がある振る舞いです。さぞご不快だっただろうと……」

「たしかに、何か変わってるなとは思いましたけれど……まあ北の地では、そういうこともあるのでしょう?」

「いえ、我が家が特例なのです。そこは誤解しないで下さい」


 珍しく、すごく食い気味に否定された。アンゼリカは少し不思議そうにしつつ、考えをまとめて言葉に落としていく。


「……私は特に、ここを出ていきたいとは思っていません。本当に。これまで楽しかったですし、まだ面白いことが沢山ありそうだし、むしろもっとここにいたいと感じています」


「……それでは、何故離宮行きを二つ返事で受け入れるのですか?」

「ユーリス様のことを信頼しているからですよ?」


 アンゼリカは首を傾げて微笑んだ。その口調には、全く迷いがなかった。


 フローラスで出会ってからずっと、行動をともにしてきた。色々謎めいたところではあれど、悪意を以てこちらを謀ろうとするような、そんな人ではないことは分かる。いくら人付き合いの経験値が低くても、そのくらいの判断はつく。

 そして、数奇にも婚姻を交わし、結びついた伴侶だ。彼を信じずに誰を信じるというのだろう。

 その彼が、そうした方が良いと言うのなら、きっとそれは正しいことなのだ。


「迷惑をかけてしまっていたならごめんなさい。ただ私は、ヴァイスに来て今日まで、とても楽しかったです。ヴァイスは思っていたよりもずっと素敵な国でした。皇城であれ離宮であれ、ユーリス様が勧めて下さる場所ならきっと、馴染めると思います。私、離宮に行きますね」


「……………………………」

 何故か、ユーリスは黙り込んだ。一方、アンゼリカは急速に眠くなってきた。だが思い出したことがあって、慌てて口を開く。寝落ちする前にこれだけは聞いておきたい。


「あ、そうだ。フィアールカは連れていきたいんですけど、良いですか?」

「はい、まあ、それはお好きなように……」

「良かった。ありがとうございます!」

 ほっとして笑う。これで話はついた。

 さすがに疲れた。気が抜けるのに合わせて、睡魔が襲ってくる。アンゼリカは隠さず欠伸をした。


「それでは、そろそろ休みましょうか。今日はくたびれました。ユーリス様も、明日は早いのでしょう?」


 安心したら眠くなってきた。アンゼリカは重くなる瞼に逆らわず、寝具を引き寄せる。


「え、あの……アンゼリカひ」

「ではおやすみなさい……」

 そう言うなりアンゼリカは寝転がり、数秒で寝息を立て始めた。部屋はたちまち沈黙に包まれる。


「……」

 ユーリスは数秒固まっていたが、やがて目を伏せた。


 何なのだろう、この姫は。何度も思ったそれを、また心の中で呟く。


 皇帝から結婚を命じられた時は、さぞ陰鬱で、後味の悪い結末が待っているだろうと覚悟した。まさかこんな姫が来るなんて考えもしなかった。


 まして今日あったあれこれなど、不気味で不愉快なことこの上なかろう。予想では今頃、大泣きされて詰られているはずだったのだが。


 何もかも予期したとおりに進まない。それなのに何だか悪くないような、妙な気分がしていた。



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