ユーリスの通告
アンゼリカは後から来たユーリスに、そのことを報告した。ユーリスはやや顔色を悪くして、それは恐らく妹のアレクサンドラだろうと告げた。
「それで……アレクサンドラ様は、ここが元々ご自分の部屋だったと仰ったのですが。そうなのですか?」
「いえ、アレクサンドラはこの部屋に入ったこともないはずですが……」
「え?それでは、あの発言は一体……」
「……それは、まあ……あの妹は度々、不可解なことを口走る奇癖がありまして……」
それ以上、ユーリスは聞いてほしくなさそうだった。追及を拒むように頭を下げる。
「妹が申し訳ありません。それに先ほどはリュドミラが、大変な失礼を致しました」
「いえ、それは大丈夫です」
アンゼリカは首を振った。別に気にしてはいない。少し驚いたが、ここは異文化に満ちた異国だ。北の方では変わったことも色々とあるのだろう。それよりもっと気になるのは、聖堂で見かけたあれだ。
「それより、聖堂の窓に使われていたのって……あの、左から二番目の模様ですけど。あれって前にもらった銀の指輪の装飾と同じでしたよね?」
「そうですね。あれは樹氷の紋章ですから。妖精族は主に十の部族に分かれており、それぞれが異なった文化体系や歴史を持っています」
「樹氷はその一つなんですね?」
「そうです……氷河越しに贈り物、それも紋章の指輪を贈れる妖精など、部族長くらいしかいません。ですから貴女は……」
青い瞳がわずかに波打った。ユーリスは迷うように口を噤んだ末、保留していたことについて切り出した。
「……以前、離宮のことをお話ししましたね」
「あ、はい……」
ジヴェリニツァで最後に過ごした夜のことだ。あの時もユーリスに、離宮の話を持ち掛けられた。
ユーリスは言った。皇城は恐ろしい場所だと、けれど結婚式だけはそこで上げないといけないと。けれどそれが終われば、離宮で穏やかに過ごしてもらうことも可能だと。
そして式は終わった。だからアンゼリカは、どうするかを決めないといけない。
アンゼリカは考えながら言葉を紡ごうとした。
「…………私は」
「あの時とは、状況が変わりました」
けれどそれは、鋭い声で断ち切られた。驚いて顔を上げると、青い瞳に切り付けるように見据えられる。ユーリスは、酷く冷ややかな目をしていた。
「失礼ながら、ここまでの貴女の立ち回りには甚だ不安を感じます。離宮行きについて、貴女の意思をできる限り尊重したいと思っておりましたが、己の足枷になりうるとあってはそうも言っていられません」
予め考えてきた言葉を冷厳な口調で告げた。白い顔貌には何の感情も浮かばず、一際冴え渡って見える。
「貴女では力不足です。これ以上失態を晒す前に、離宮に入って頂くこと。それが私が望む、貴女の唯一の務めです」
「………………」
アンゼリカはそれに、きょとんとユーリスを見つめたが、
「はい、分かりました」
「……」
すぐに、あっさりと頷いた。その反応には、ユーリスの方が拍子抜けしてしまった。口から小さく息が漏れる。
「……ご理解感謝致します。ここでの暮らしは過酷なものだったでしょう。これからはもう、貴女にご負担や苦痛を与えることはありませんので平穏に……」
「え?負担に苦痛って何ですか?思い当たるところはないのですけど……」
アンゼリカは首を傾げた。相手の言葉を遮る形になったが、聞き流せなかった。どうしていきなりそんなことを言い出したのか分からなかった。




