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披露宴は華やかに

 フローラスは、様々な文化と芸術の発祥の地だ。大陸の国々はどこも、多かれ少なかれ影響を受けている。北端のヴァイスもそうであり、この国の社交界の源流を遡れば、フローラスの宮廷文化にたどり着く。


 ドレスも、髪型も、装飾も、ダンスも。ヴァイスの風土に合わせて多少改造を加えてはいるが、原型の大部分はフローラスから取り入れてある。


 南の文化は、ヴァイス社交界に深く息づいている。けれど、元来の伸びやかさのようなものはない。華やかなのにどこか固く、陰鬱な陰りがある。寒さと密着した風土によるものなのだろうと、辺境伯は考えていた。


 ほんの数年前は、皇帝に見初められることを期待して、着飾った娘たちが群れを成したこともあったが……皇妃たちの悲惨な末路の数々を経て、今やすっかりそれも収まっている。むしろ皇帝の目に留まることを恐れて、妻や娘を隠す貴族も少なくなかった。


 元々ヴァイスは実力主義的で、栄枯盛衰のサイクルが他国より早い。思惑と読みあい、栄達と没落、それぞれの理性と欲望が織りなす悲喜こもごも。きらびやかな人波の中を、辺境伯夫妻は泳いでいた。


「これは。お久しぶりです」

「お二方におかれましてはご壮健のご様子、何よりです」

「時に、この度の婚儀についてですが……」


 挨拶、追従、探り、値踏み。次から次へと向けられる。声をかけてくるまで行かずとも、注目し、耳を傾けている者が多い。彼らが語る噂話も、様々に耳に入ってきた。


 ヴァイスに来て日が浅いアンゼリカは、未だ本格的に社交を行っていない。必然的に情報源は伝聞となり、噂は噂を呼ぶ。おおむね事実に即したものから事実無根のものまで、アンゼリカの噂は、様々に飛び交っていた。


「カサンドラ皇妃について、ご説明申し上げたのか」

「はい。しかし、いつも大丈夫だと言われてしまい……」


 ここでは、エリザヴェータとカサンドラの確執を知らない者はいない。皇太子妃とはいえ新参の異国人が近寄るなど、危険極まりない状態である。事の重大さを、ただ当事者のアンゼリカだけが理解していない。


「心配しないでと、そう言われてしまっては、わたくしからうるさく言うことも憚られて……」

 しかし、主が大丈夫だと言っているのだ。ソフィアの立場では、それ以上食い下がるのは難しい。それは主への不信を表明するも同然であり、双方の面子を潰しかねない。身分意識の強いヴァイスでは尚のことである。


「言いにくいのは分かるが、殿下の今後のためにも忠言するのが君の役目だろう。我が家をご信頼下さった皇太子殿下のためにも、そうしなければならないはずだ」

「それはそうなのですが……折角のびのび楽しんで下さっているところに、こういう話は打ち明けにくくて。それに……どうしてか、あの方なら大丈夫かもしれないと、そんな気がしたので」

「何を根拠にそのようなことを……」

「その話、私も聞きたいな」


 突如割って入った声に、空気がさっと色づいた。ひそやかなのに重さと輝きがある、人間とは少し違った独特の声。それを知らない者はここにはいない。


「……ベイルリス殿。お久しぶりですね」

 辺境伯はヴァイスでも有数の武人だ。その彼が声を掛けられるまで、気配を全く感じなかった。そんなことができる者は極々限られている。


 僅かに警戒を浮かべる辺境伯を他所に、妖精はにこやかにソフィアに歩み寄り、


「やあソフィア、また一段と美しくなったね」

「あら嫌だ、ベイルリス様こそ変わらずお美しいですわ」

 ソフィアを褒め称えつつ挨拶をした。旧知の仲なので、ソフィアも嬉しそうに応じる。それに、辺境伯はいよいよ渋面を浮かべる。


 これ自体は、お決まりの流れだ。何しろこの妖精、独身の公女時代からソフィアがお気に入りなのだ。別にやましいことがあるわけでもないし、今更それについてとやかく言う気はない。ただこういう人目につくところでは控えてほしいのが本音だった。


 ベイルリスは流れるような仕草でその手を取って、甲に唇を落とした。俯いた拍子にきらきらと鱗粉が舞い散る。


 途端、ソフィアに広間中から羨望の眼差しが寄せられる。女性に限らず、男性までがこちらに注目していた。


 それらに交じって一瞬、殺気じみたものが突き立った。辺境伯はそれとなく、奥の方を見る。エリザヴェータが貴公子たちに手を取られ——ダンスにでも誘われているのだろう——退屈そうに微笑んでいた。


「……ベイルリス殿。貴殿には、あまり妻に近づいてほしくないのですが」

 いつもこうである。この妖精に関わると、面倒くさいことが増える。

「ふふ、お堅い御夫君だ。まあ良いけどね。……私も、皇太子妃のことは気になっていたんだよ」


 ベイルリスはあっさり引き下がった。

 元々本題はそこにあったのだろう。きらびやかな目隠しの下で、唇が弧を描いた。

「君たちは皇都に来るまで、彼女と一緒にいたのだろう。……彼女について、君たちの知っていることを聞かせてくれるかい?」




※毎日、昼に更新します。

面白いと思っていただけたら、リアクション、ブクマをいただけたら嬉しいです!!


アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…

ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの夫。

ソフィア:ロスニア辺境伯の妻。ユーリスの従姉妹。アンゼリカに好意的。

皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。

カサンドラ:ヴァイス帝国の皇妃。

エリザヴェータ:ユーリスの姉。

ペネロペ:ヴァイス帝国の元皇妃(故人)。ユーリスとエリザベートの母。

リュドミラ:ユーリスの異母姉。なぜか喪服を着ている。

アレクサンドラ:ユーリスの異母姉。

ベイルリス:妖精族。樹氷の部族長の兄


ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。

ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。

フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。


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