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父、姉弟、そして花嫁

「妖精郷より祝電と親書が届いた。アレクサンドラからも報告を受けた。此度の来訪、盟約の更新は滞りなく済んだようだ。こちらも極夜に向けて、いよいよ本格的に準備を始めねばならん」

「心得ております」


 アンゼリカはその隣で、目を白黒させながら聞いていた。極夜。その言葉には覚えがある。確か——……そう、ソフィアに前教えてもらったのだった。


 ヴァイスには白夜と対応するように、もう一つの特殊な期間がある。日が沈まない白夜とは対照的に、ずっと日が昇らず暗い期間が冬にあるのだそうだ。


 そしてこの二つの期間、皇家と妖精は交流の機会を持つ。白夜には皇家の者が妖精郷を訪れ、極夜には妖精が皇城を訪うのだ。これは双方が理解を深め、契約を更新、必要なら修正するために必要な儀礼である。


 妖精は気まぐれで、中々人間に姿を見せない。けれどヴァイス皇族は年に二回妖精に会えると言われるのは、このためである。


「貴様も身を固めたのだから丁度いい。極夜の前に、一度報告をしてやるといい。極夜の歓待も、今年は貴様らの裁量に任せよう」

「……承知しました」


 ユーリスは一瞬、姉エリザヴェータの方を見る。美貌の姉は普段通り、見目麗しい貴公子たちを侍らせて傲然と振舞っていた。


 取り巻きの一人が、恭しく杯を差し出した。それに唇をつけた彼女は眉を顰め、持ってきた男に中身をぶちまけた。何かが気に入らなかったらしい。冷淡に顔を逸らしたエリザヴェータは、ふとこちらに目を向ける。


 姉弟の良く似た青い瞳が、一瞬空中で交錯した。その一方で、アンゼリカは首を傾げた。ヴァイス語だったのでよく聞き取れなかったが、何か仕事を任されたようだ。ユーリスの顔が、心なしか強張っているのが気になる。


「……私はどうすれば良いのでしょうか?」

「…………誰が話していいと言った!?」


 炎帝にぎろりと睨まれ、アンゼリカは瞬きをした。やはりこの雰囲気、ラー君そのものである。気を抜くと義父ということも、皇帝ということも忘れそうになる。


「————……っ!……はあ……っ」

 炎帝は燃え盛るような目でアンゼリカを睨み、息を荒げる。何か少しでも刺激があればすぐにでも暴れ出しそうな空気だった。


 周囲が緊張に凍り付く。特にユーリスは顔を強張らせ、僅かに足を前に進める。アンゼリカはそんな周りに気づかず、怯えもせず、静かに見つめ返す。やがて炎帝は呼吸を沈め、少しだけ語気を緩めて吐き捨てた。


「身なりは常に完璧にしておけ。三寸以上の乱れは許さぬ。刺すぞ」

「は、はい。心得ております」

「——ああ、嫌いだ、実に忌まわしい……真に理解しているのか貴様!!!返事だけ立派でもこれでは――」

「あら――お父様。もうお話はよろしいの?」


 華やかな声とともに、ふわりと芳香が漂う。このきらびやかな空間でも浮き立つ、あまりにも華やかな輝きを伴って、その貴婦人は現れた。


「————……」


 見ただけで、魂を抜かれるかと思うほど、美しい女性だった。「エリザヴェータ姉上」そう隣でユーリスが呟く。


「エリザヴェータか。何をしに来た。この場に何ぞ不満でもあるのか?」

「いえいえ。それよりお気づきかしら、注目の的ですわよ」


 エリザヴェータは扇を揺らして、それとなく忠告した。娘の柔らかな誘導に、険しかった炎帝の表情も微妙に和らいだ。


「…………ふん。そうだな。これ以上不躾な目に晒されたくもない。後で部屋に来い、ユーリス」

「……承知しました、陛下」

「ふふ、相変わらずのようね。……御機嫌よう、アンゼリカ姫」

「は、はい。初めてご挨拶を申し上げます。アンゼリカです、エリザヴェータ様」


 見惚れながらも、何とかヴァイス語で言い切ることができた。金髪の人間は何度も見たことがあるが、それらとは全く違う。まるで本当に純金を紡ぎ出したかのようで、輝きも色味も、人間の頭髪とは思えないほどの美しさだ。妖精が創り上げた芸術品と言われても信じられそうだった。


 それに負けず劣らず麗しい、白磁の肌と鮮やかな青い瞳。彫刻を思わせる優美な目元や涼やかな鼻梁、口元。見れば見るほどユーリスに似ていた。髪の色と性差による微妙な違いを除けば、本当に鏡写しのようにそっくりだった。


「……陛下が突然あのようなことを仰ったのは、姉上の指金ですか?」

「あら、何のことかしら?弟が結婚したというから、お祝いを告げようと思ったのに。……わたくし、義妹ができたのね。喜ばしいことだわ」


 言葉とは裏腹に、青い瞳に浮かぶのは冷酷な値踏みの気配だった。アンゼリカは良く分からないながら、場に合わせて微笑む。


「でも、お気をつけ遊ばしてね?ここには怖い怖い女狐が沢山いるのだから」

 エリザヴェータは扇を広げ、くすくすと、毒を含んだ声で笑う。



※毎日、昼に更新します。

面白いと思っていただけたら、リアクション、ブクマをいただけたら嬉しいです!!


アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…

ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの夫。

ソフィア:ロスニア辺境伯の妻。ユーリスの従姉妹。アンゼリカに好意的。

皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。

カサンドラ:ヴァイス帝国の皇妃。

エリザヴェータ:ユーリスの姉。

ペネロペ:ヴァイス帝国の元皇妃(故人)。ユーリスとエリザベートの母。

リュドミラ:ユーリスの異母姉。なぜか喪服を着ている。

アレクサンドラ:ユーリスの異母姉。

ベイルリス:妖精族。樹氷の部族長の兄


ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。

ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。

フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。


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