そして二度目の結婚式
そしてとうとう、結婚式の日が訪れた。そこまでに、各所への挨拶回りや儀礼も行い、皇族と顔を合わせることもあった。
だが結局、アレクサンドラとだけは、一度も会う機会のないままだった。
アンゼリカは周りに言われるがまま腕を上げたり姿勢を変えたり、そうしながら衣装を着付けられていった。
「ようございましたわ、調整が上手くいって。本当にお似合いで……」
嬉しそうに衣装係の女性が目を細めた。その隣から、ソフィアもにこにこ見守っている。アンゼリカもそれに笑顔で礼を言う。
(こっちの花嫁衣装もきれいだなー、刺繍がいっぱいですごく豪華……)
フローラスで着た花嫁衣裳は、滑らかで軽い薄布を重ねたものだった。一方こちらは、とても重厚で壮麗な作りだ。ずっしりと重く、動くだけでも結構大変だ。
「それにしても……こんな長い裾を引きずるの、初めてです。ちょっと緊張しますね」
「お許しください、花嫁衣裳とはこういうものですので……特にこれは、皇太子妃殿下のお召ですから」
ヴァイスは風土上、防寒を重んじる。寒さを遮り、保温してくれる布は命綱だ。翻って、無駄な布を引きずるのは贅沢の極みである。
ましてこれは、皇家の花嫁衣裳である。その無駄たるや、ゆうに数人分の服が作れるほどの目方があった。妖精由来の花々や文様が織り込まれた、それはそれは豪華絢爛にして麗々しい衣装だが、重量もとんでもない。
アンゼリカは深呼吸して、侍女たちを引き連れて式場へ向かった。フローラスの時より、見物客の数は少ない。貴族もごく少数しか招待されないらしい。
フェリーナ聖堂は、皇家が皇城内に所有する聖堂だった。その内装は、妖精関連のモチーフが多く使われている。案内やリハーサルで来た時も思ったが、
(うわあ。白い……)
何と言っても、天井が高い。フローラスの聖堂もそうだったが、ここは形が違う。ドーム状の丸い天井で、そこかしこから光が差し込んでいた。細い光はあちこちで合流し、反射し、聖堂を照らし出す。まるで光の繚乱だ。
美麗な彫刻に埋め尽くされた飾り窓。良く見ると空間を彫刻が分断し、十に仕切られている。そこに一つだけ、見覚えのある意匠が掲げられていた。
(え。あれって……あの時もらった銀の指輪と、同じ……?)
アンゼリカの足は、一瞬止まりそうになる。だがすぐに我に返って、ユーリスのところへ向かった。今はとにかく、転ばないことだけに専念しなければ。
無事、夫のそばにたどりつく。彼に手を取ってもらうと、何だか安心した。夫婦は二度目の誓いを立て、式は粛々と完了……するはずだった。
「まだ、私から奪うものがあるというの……?」
その声はか細かった。それなのに、妙に辺りに響き渡った。
晴れの場に相応しからぬ喪服姿。見ているだけで心を蝕まれそうな、悲愴感溢れる佇まい。それでいて確かに、一種の美しさがある――皇女リュドミラであった。
「家族が、私の家族がまた…………壊れてしまうだなんて、そんな……」
リュドミラは俯きがちにぶつぶつと呟く。かと思えば唐突に喉をのけぞらせ、「ああ、なんてこと」と叫んだ。
「この日は…………私の命日です」
リュドミラは泣き崩れながらもよろよろと立ち上がり、袖から白薔薇を撒き散らしながら出て行った。途端に一帯を埋め尽くしたその量たるや、一体袖のどこにそんな量を隠していたのかと思うほどで。ぶわりと薔薇の香りが広がり、辺りに舞い散る。
「……?…………!?」
アンゼリカはぽかーんと口を開けてそれを見送った。幸いヴェールが隠してくれたので、その顔は誰にも見られずに済んだ。
唖然としていたのはアンゼリカだけではない。突如の驚きと衝撃で、聖堂は数秒静まり返った。それを破ったのは皇帝だった。
「続行せよ」
最前列の、一際豪奢な椅子に座っていた炎帝が、杖を打ち鳴らし、ただ一言そう命じた。
その命令で、即座に空気が切り替わる。式は何事もなかったように再開された。残った白薔薇も速やかに回収されて、どこかに持ち去られた。まるで皇帝の声ひとつで、心を塗り替えられたように。人々はその命令に、粛々と従った。
それから数時間は庭園でのパレード、そして披露宴だった。庭園は一時的に一般公開されているようで、見物客が沢山来ていた。披露宴でも、顔見知りになった人々は皆挨拶に来てくれたし、そうでない貴族たちもお祝いを告げてくれた。
昼を回って大分過ぎてから、一度場所を移し、バルコニーの座席に座った。そこは北の庭に面しており、広がる氷の舞台を一望できる場所だ。
「両殿下へのお祝いの気持ちを込め、宮廷舞踊団の氷上舞をお目にかけます」
「ありがとう。楽しみにしておりました」
アンゼリカが一番楽しみにしていた演目である。待ってました、という気分だ。優美な音楽が流れだして、舞姫たちが姿を現した。
最初に披露されたのは、器具を使う舞だ。リボンや毬、花の輪などを携えた舞姫たちが、次々と舞を披露する。ソフィアが舞ってくれた時と同様、それは非常に華やかなものだった。ユーリスによると、外国人の受けはこれが一番良いらしい。
続いた素手の舞は、分かりやすい派手さはない。しかしわずかな指先の動き、眼差し、裾や袖の翻る様で全てを表す舞踊だった。ごく短い時間が何時間にも思えるような、深い抒情性と物語性を感じさせた。奥行きで言えば一番なのではないだろうか。
そして、氷獣との舞。美しい舞姫とともに、これまた美しい氷獣が舞い踊る。全面的に華やかさを押し出したものもあれば、氷獣を恋人に見立てて悲恋を謳う舞もあった。表現の幅が非常に広いのだろう。氷獣が飛び上がった時、アンゼリカは思わず手を打ちそうになって、慌てて自制することになった。
(いけないいけない、拍手は禁止なんだから……)
それでも、心が浮き立ってしまうのは抑えがたい。楽しんでいることは伝わったのだろう。静かながらも、空気は少しずつ盛り上がっていく。
だがそれも、炎帝が動くと同時に静まり返った。誰も息をつめて、その一挙一動を見守る。
「皇太子よ、大儀であった。これで我らも、南との融和を果たせるというもの」
「ありがとうございます。未熟の身ですが、陛下の御威光を汚さぬよう」
しかしそんな息子の言葉には耳を貸さず、一方的に炎帝は続けた。




