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アンゼリカ、妖精にからかわれる

「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」


 そう返しながらも、アンゼリカの視線はベイルリスの顔に釘付けだった。正確には、顔の上半分を覆う目隠しに釘付けだった。


 そもそもが、目元を隠していても分かるほどの美貌だ。明るい場所だと、ますます美しさが際立って、びっくりするほど綺麗だった。ヴァイスに来てからこちら、美形は見慣れたつもりだったが、まだまだ認識が甘かったようだ。背中に流れる翅も、ため息が出そうな美しさだ。その周囲には多くの人間が目の色を変えて欲する資源——鱗粉が舞っていた。


 けれど何よりアンゼリカの目を引いたのは、宝石を散りばめた芸術品のような目隠しだった。顔の半分を隠しているが、その美は聊かも損なわれていない。むしろ目が見えないから一層神秘的というか、謎めいているというか、とにかく非常に魅力的であるのだが、何故そういうものをつけているのかが分からない。妖精流のお洒落だろうか。


 妖精の習慣という可能性も過ったが…………モロジンスクの氷の中で見た妖精は、こういうものをつけていなかったと思う。


「……はい、アンゼリカ姫」


 ベイルリスはそんな彼女に歩み寄り、どこからともなく花を取り出した。先ほど降った花と同じ、それは真っ青な薔薇だった。


「お近づきの印に私から。薔薇は南でもヴァイスでも、共通で愛される花だからね」

「わあ、ありがとうございます!けれど、青い薔薇って見たことないです……!それに、今どうやって出したんですか?」

「ふふ。妖精の魔法の力なら、薔薇を染めるのも降らせるのもたやすいことさ」

「そ、そうなんですか!すごいです、初めて見ました!」

「いえ、今のはただの手品です。そして詭弁です」


 ユーリスが横から訂正するが、ベイルリスは意に介さなかった。アンゼリカはどうしても気になって、とうとう聞いてしまった。


「と、ところで……どうして、目隠しをなさっているんですか?いえ、とてもお似合いですけど……」


 気になったことを、アンゼリカは質問する。ベイルリスは「ああ、これ?」と笑った。翳した手で目隠しに触れて、


「昔、目を人間に取られてしまってね。それ以来こうして隠しているんだよ」

「えぇええっ!!?」

「ベイルリス、悪質な冗談は止せ」

「えっ、そんな!!痛い、大丈夫なんですか!?って、え、冗談!?」

「あははは!うん、冗談」


 笑い止んでから、ベイルリスは補足してくれた。


「妖精の中でも樹氷の部族は結構、『視えてしまうもの』が多いんだ。生涯妖精郷から出ないなら、特別不便はないのだけれど。目を出して人間社会で立ち混じると、色々不具合が起きたりもするからねえ……形はこんなだけどちゃんとものも見えているし、心配ないよ」

「そ、そうなんですか……?」


 アンゼリカはそろりと片手を上げて、「私は今、指を何本立ててますか?」と聞いてみた。ベイルリスは楽し気に笑いながら、手を同じ形にした。


「三本。大丈夫だよ、ちゃんと見えているから」


 笑いに合わせて、更に鱗粉が舞う。初めて見た妖精は、きらきらと輝く光の破片をまとわせていた。ふわりと浮き上がっては沈み、散り、虹の輝きを放つ。長い間見ていると、目が眩んでちかちかしてきそうだ。


「ところで知っているかな。今度の結婚式で君たちが着る衣装は、妖精族の織った布でできたものなんだよ。いわゆる夜光雲だね」


 アンゼリカは驚いた。夜光雲といえば、市場に滅多に出回らない超高級布地ではないか。ハンカチ程度の小さなものでも、ちょっとしたお城が買えるくらいの値段で取引されるとか。


 魔力の高い妖精が作ったものであれば、値段は更に跳ね上がる。ましてドレスやローブとなればもう国宝級だ。値がつけられない。南で会った妖精オタクの方々も、そう言えば何人かその名を持ち出していた気がする。


「そうだったんですか!道理で綺麗だと思いました……!ええとたしか、妖精は一度織った図案や柄はもう作らないんですよね?だから全部一点ものだとか」


 ちなみに、夜光雲というのは略称だ。夜光雲絹とも呼ばれるが、その実絹とは全くの別物らしい。人間社会では垂涎の的となる、妖精のブランドの一つである。


「その通りだよ。織り目に魔力が宿って、着用者を守ってくれるとも言われている。装飾に月長石も使えば完璧だ」

「…………ベイルリス……何が言いたい?」


 ユーリスは、わずかに胡乱な目つきで名付け親を見る。


 この妖精のことは生まれた時から知っている。その経験で得た何かが、警鐘を鳴らしていた。ベイルリスの声も笑みも、特段平素と異なるわけではないが、しかし。


 興味、好意を持ったからといって、必ずしも優しく寄り添うわけではない。それは妖精の習性であるし、ベイルリス自身の特性でもある。


「楽しみだね、結婚式」


 アンゼリカはくるくる表情を変えて、その話に聞き入っている。対する紫髪の妖精は、くすくすと笑い声を響かせた。


※毎日、昼に更新します。

面白いと思っていただけたら、リアクション、ブクマをいただけたら嬉しいです!!


アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…

ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの夫。

ソフィア:ロスニア辺境伯の妻。ユーリスの従姉妹。アンゼリカに好意的。

皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。

カサンドラ:ヴァイス帝国の皇妃。

エリザヴェート:ユーリスの姉。

ペネロペ:ヴァイス帝国の元皇妃(故人)。ユーリスとエリザベートの母。

リュドミラ:ユーリスの異母姉。なぜか喪服を着ている。

アレクサンドラ:ユーリスの異母姉。

ベイルリス:妖精族。樹氷の部族長の兄


ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。

ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。

フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。


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