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新しい友だち、そして異変

 二人で医務室を出て部屋に向かう途中、


「……先程は恐ろしい思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。ここ最近は落ち着いているという報告を受けていたので、短時間なら大丈夫かと思ったのですが……」


「え?いえ全然。なんだか懐かしくなりました。私の故郷にも、あんな感じの友達がいて……」


 アンゼリカは全く気にせず首を振った。それより気になることがある。


「それよりも先程……リュドミラ様とアレクサンドラ様を見ませんでしたね。それに、カサンドラ様も。アレクサンドラ様はお留守ですからともかく、他の方たちはどうしたのでしょうか?体調が思わしくないとか……?」


 アンゼリカは素朴な疑問に首を傾げる。ユーリスは何とも言えない顔で、「まあそんなようなものです」と返した。


「ご挨拶は、いつ頃になるでしょうか。先程のエリザヴェータ様にも、きちんとご挨拶はできていませんし……」


「そう、ですね……ですが、こちらから行っても却って刺激しかねませんので、向こうから誘いがあれば応じる形で良いかと。ひとまず、皇帝陛下へのお目通りは済ませたのですから」


「そんなものですか?」


「ええ。とにかくアレクサンドラが帰ってからです。ヴァイスでの結婚式はまだですし……当分はそちらの準備に注力して下さい」



 それからというもの、アンゼリカは結婚式の準備に追われて数日を過ごした。


 衣装合わせ、場所の確認、各所への挨拶や手紙――ただいれば良かったフローラスのそれと違って、結構やることや覚えることが多い。


 勿論ヴァイス語も、並行して学ばなければいけない。教え役はもっぱらソフィアがしてくれた。


「きゅるるるる……くえっ」


「あ、おはようフィアールカちゃん。朝ごはんにしましょうか」


 雛鳥も順調に回復して、忙しい日々の潤いになってくれる。ユーリスから、好きに名前をつけていいと言われたので、数日悩んだ末にフィアールカと決めた。


 アンゼリカはフィアールカの食事を侍女に頼んだ。向こうも心得たもので、すぐに壺が差し出される。


 それを匙で掬い、手のひらに乗せて差し出した。数種類の穀物と種を砕いて混ぜた餌を、フィアールカは嬉しそうに啄んだ。


「おはようございます、アンゼリカ姫。今日は私は外出しますが、姫はどうぞごゆっくり……」


 その時、向かいの部屋から出てきたユーリスが声をかけてきた。アンゼリカとユーリスは、皇城に入ってから別々の部屋で生活している。


 一応フローラスで結婚しているが、まだヴァイスでの儀礼が完了していない状態だ。そのため同室生活ではなく、基本は居間を挟んだ続き部屋で別々に過ごしていた。そして中間の居間は現在、実質的にフィアールカの部屋である。


 起床から朝食や用事までの短い時間を、フィアールカを挟んで一緒に過ごす。それが朝の時間の習慣となりつつあった。


「……フィアールカと名付けたのですか?」


「はい、ソフィアさんに相談しました。折角なのでヴァイス風にしてみたいと思って……」


 アンゼリカは食事を終えたフィアールカを撫でた。すると、雛鳥は心地よさそうに目を細める。


 本当に可愛い。この美しく可愛い鳥に、アンゼリカは数日間ですっかり骨抜きにされていた。


「噂で聞きましたが、氷上舞には、スノークとともに踊るものもあるのでしょう?きっとすごく綺麗でしょうねえ……」


「そうですね、色々と流派はありますが。大まかにリボンなど器具を使うもの、素手で舞うもの、氷獣と舞うものの三種類に大別できます。一通りはすぐに見物できる機会が来るでしょうから、楽しみにしていて下さい」


「はい!いつもお気遣いありがとうございます!」


 ユーリスが出ようとした時、アンゼリカも立ち上がって後に続いた。


「アンゼリカ姫……本日は外出のご予定はないはずでは」

「ええ。でも、戸口までお見送りします」

「そうですか……ありがとうございます」


 ユーリスを見送って、部屋に帰ってきたアンゼリカは、戸口の傍に待機していたフィアールカの姿に相好を崩した。


「待っててくれたんですかー?ありがとう」


 身を屈めて撫でると、甘えてすり寄ってくる。触れ合っていると、何かをねだるようにじっと見つめられた。何を求められているかは知っている。


「……そんな目で見ても……見ても……」


 アンゼリカはちょっと悩んで、結局少しだけ雪苺を用意した。


「……ちょっとだけね。午後には運動に行こう」


 ユーリスから度々、与えすぎると健康を蝕むと注意されるのだが、こうしてねだられると弱い。欠片くらいならと、つい渡してしまう。ついでに自分の口にも運んだ。


 しゃりしゃりと、儚く崩れる食感が楽しい。爽やかな酸味と、深い甘みが広がって、瞬く間に解けていく。うっとりするようなおいしさだ。何とも言えない、花のような濃密な香気がある。


 これは、氷獣たちが夢中になるのも分かる。あの冷静沈着なスヴェータだって、雪苺を食べる時はちょっと嬉しそうだった。


 のんびり過ごして、昼が近くなってきた時だ。応接間の方から声が聞こえてきて、アンゼリカは振り返った。



※毎日、昼に更新します。

面白いと思っていただけたら、リアクション、ブクマをいただけたら嬉しいです!!


アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…

ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの夫。

ソフィア:ロスニア辺境伯の妻。ユーリスの従姉妹。アンゼリカに好意的。

皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。

ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。

ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。

フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。


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