猛り狂う皇帝
「目を見たな!?私を試したな!!?貴様、先帝の亡霊か!!!!!!」
「ラー君……じゃない皇帝陛下。取り敢えずここでは危ないので開けたところに行きませんか?」
「ぐお゛お゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああ!!!!!!」
(なるほど、こういうタイプかー)
アンゼリカは、一人合点していた。強い獣には、たまにこういう子がいる。時々、何かの拍子に血が高ぶって、自分でもどうしようもなくなってしまうのだ。
分かる。ラー君もやんちゃだったから。母のように渡り合うのは無理だが、落ち着くまで付き合うくらいはできる。
杖が縦横無尽に振り回され、襲い来る。凄まじい勢いだった。上下左右前後、まともに当たったら手足も頭も柘榴のように弾け飛んでしまうことだろう。
躱す。避ける。只管逃げる。
「ちょこまかとおおおおおおおおおおおおおお゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!!」
そんなアンゼリカに業を煮やしたのか。炎帝は天を振り仰ぎ、凄まじい声で咆哮した。柱や床がびりびりと震える。そのまま建物ごと倒壊するのではないかと思わせるほどの絶叫だった。その間にも猛攻は止まずに襲い来る。
(うわ、今の一閃とか本当ラー君そっくり……実は生き別れの兄弟だったりしない……?)
加熱し、緊迫する一方の謁見の間で、アンゼリカだけが能天気に逃げ回っていた。合間に視線を配る。
侍従たちは殆どが避難したようだ。エリザヴェータ皇女もいつの間にか姿を消している。ユーリスと、残った数人は強張った顔で推移を見守っていた。
調度は散乱しているが、破損しているものは少なそうだ。丈夫な造りのものを揃えているのだろう。けれど色んなものが四方八方に吹き飛んでるし、壁紙もちょっと剥げて、バルコニーでは血を流した鳥が突っ伏して痙攣していて――——……血を流した鳥?
「あっ!」
アンゼリカは小さく叫んで、次の瞬間襲い掛かる杖の先端に足をかけて伸びあがった。
大股で一歩と半歩進み、弾みをつけて再び跳躍。肩を飛び越えて、ひらりと後方に逃れる。軽業のような、一瞬の出来事だった。
「お゛おぉ……?う゛お゛お゛おおおおおっ」
杖が空振りし、獲物を見失った炎帝は戸惑った声を上げる。そんな後ろに見向きもせず、アンゼリカは窓辺を抜けてバルコニーに屈みこんだ。
「あ、やっぱり怪我してる……ごめんなさい、ちょっと揺れますねー」
手のひらに乗るくらいの、白い羽毛に覆われた雛鳥だった。この羽の色や、脚の形には見覚えがある。ついでに足元には、吹き飛ばされたらしきランプの残骸が散らばっていた。
「これ、スノークの雛でしょうか……?迷い込んだところに、飛んできた破片で怪我してしまったんですね。可哀そうに……ユーリス様、どうでしょう?」
「え、その……私も専門知識があるわけではないですが。そのくらいであれば、命に別状はないかと。ですが、すぐに獣医に診せるのが望ましいでしょうね」
ユーリスに呼びかけて、相談する。炎帝の目は、その光景に釘付けになった。
『――可哀想に……』
「……ペ……」
バルコニーに屈むドレスの女。労わりと哀れみの浮かぶ声。白い手が掬い上げた何か。怪我をした雛鳥——不意に、ひどく頭が痛んだ。
「ペ……ネロ……ペ」
かすれた声はそう綴られ、それ以上は続かなかった。威圧感に満ちた巨体から、急激に覇気が抜けていく。腕を下ろした炎帝は俯き、一人で何かぶつぶつと呟きだす。
(……?どうしたんでしょうラー君?)
アンゼリカはそれに瞬きしたが、まあいいかと思った。あっちも気になるが、今はこの鳥が優先だ。
「それなら良かったです!急いで医務室に行きましょう!……というわけで、ちょっと行ってきますね。私はこれで!」
最低限の挨拶だけして、アンゼリカは小走りで謁見の間を出て行った。ユーリスも驚いた顔のまま、それに続く。
その後ろ姿を、居合わせた人間は呆気にとられた顔つきで見守った。
炎帝のモデルはもろに某雷帝のあの方です
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アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…
ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの夫。
ソフィア:ロスニア辺境伯の妻。ユーリスの従姉妹。アンゼリカに好意的。
皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。
ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。
ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。
フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。




