初めての謁見
(このひと……ラー君にそっくり……!!ていうかもしかして、もしかしなくても、さっきの声って)
きっと、この人の声だったのだろう。返事をする声の重々しさもそれを裏付ける。アンゼリカは気が抜けそうになった。
(ああ……よ、良かったあ。ラー君じゃなくて……)
勝手に安心していた。そうだ、普通に考えればあの子がこんな場所にいるはずない。今もペトルの森の奥深くで、元気に暮らしていることだろう。母もそろそろ帰っているだろうし、心配することは何もないはずだ。うん、良かった。
「良く戻ったな、ユーリス。此度の婚儀、その進行に問題はなかったのであろうな」
「はい、首尾よく完了致しました。フローラスからも遠からず、親書と贈答品が届くことでしょう」
「よかろう。こちらでの式はアレクサンドラの帰還を待って執り行う。フェリーナ聖堂で既に準備を進めさせているが、その方に異存はないな」
「ええ」
「…………」
親子は淡々と挨拶を交わす。その斜め後ろ、壁際の長椅子で押し黙っているのが、エリザヴェータ皇女だろうか。
真っ白なスノーク羽の扇を、顔の前で広げており、その表情は良く見えない。炎帝とは似て非なる冷え冷えとした威圧感をまとって、扇の向こうからこちらを睥睨しているようだった。
その顔は見えないにも関わらず、その黄金の髪や肌の輝き、煌びやかなドレスが描き出す完璧な曲線だけで、美女であることが伝わってくる。だがそこに目を凝らす暇もなく、
「——して、貴様がアンゼリカか!!」
「はい、そうです。皇帝陛下にお目にかかれて光栄です」
荒々しく問われたアンゼリカは、素直にうなずいた。練習していたヴァイス語の挨拶も何とか噛まずに言えた。
(そういえば、炎帝って呼ぶのは駄目なんだよね……)
思い出すのは、フローラスから出て間もない頃の一幕だ。うっかり炎帝と呼んでしまった時に、ユーリスからやんわりと窘められた。
炎帝という呼称は今やヴァイス国民の間でも使われるが、そもそもが蔑称だから、皇家の者は用いない。皇帝陛下と呼ばないといけないらしい。
(蔑称だなんて知らなかったし、あれは驚いたなあ……)
それにしても、残忍で恐ろしい暴君というから、どんな人物が出てくるかと身構えていたが……故郷の友達に雰囲気が似ていたので、妙な親近感すらあった。
「まさかとは思うが、貴様を我らが歓迎しているとは思うまいな!?」
「は、はあ……」
その声ときたら、こちらを吹き飛ばさんばかりの勢いである。炎帝は豪奢な杖を振りかざし、何やら熱弁を振るう。アンゼリカは大人しく耳を傾けた。
ちなみに途中からヴァイス語になったので、半分以上意味が分からなかった。でもまあ、自分の名前くらいは聞き取れるので、タイミングを見計らってはいはいと頷いていたら、
「どういうつもりだ貴様あああああああああ!!!」
何か、怒られた。咆哮を轟かせた炎帝は、猛然と杖を振り上げた。周囲の者は蒼白になる。
アンゼリカは後ろから強く引っ張られ、たたらを踏んだ。それと同時に、杖の戦端が眼の前を通り過ぎた。風圧で髪が舞い上がる。
「姫、ご無事ですか!?」
「あ、はい。ありがとうございます」
アンゼリカの手首は、しっかりと掴まれている。後ろから彼女を引っ張ったのはユーリスだったようだ。
一つ頷いたアンゼリカはそちらに踏み込み、護身術の要領で腕を回して手首を引き抜く。再び後ろで風圧が駆け抜ける。ユーリスの顔は心做しか白かった。
「あ、アンゼリカ姫……危険ですので一旦退避しましょう、もう陛下へのご挨拶はすみましたから、これ以上は……」
「いえ、大丈夫ですよー。ここはお任せ下さい。これも誼です」
今度は、アンゼリカがその手を掴んでくるりとターンする。まるでダンスのように二人の立ち位置が入れ替わり、アンゼリカがいる場所に杖の先端がうなりを上げて迫る。侍従たちは息を呑んだ。
「危ないですラー君」
だが、アンゼリカはひょいと後ろに下がって回避した。
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アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…
ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの夫。
ソフィア:ロスニア辺境伯の妻。ユーリスの従姉妹。アンゼリカに好意的。
皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。
ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。
ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。
フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。




