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氷獣餌やり体験

 アンゼリカは、ヴァイス語がまだ分からない。貴族たちの意味ありげな視線も囁きも届かない。見るもの聞くもの、何から何まで新鮮で、珍しくて、日々が驚きと興奮の連続で。

 アンゼリカにとって、ヴァイスは依然神秘的な御伽噺の世界だった。


 更に北上を続けた一行はやがて、辺境伯領北部の大都市、ジヴェリニツァに到着した。


「ここが、ジヴェリニツァ……ですか」

「ええ。ここまで来たら、後は皇都まで一直線です。……長い旅でしたが、終わりが近づいてきていますね」


 そう告げるユーリスの声にはわずかな陰りがあった。だがそれに気づかず、雪車から降りたアンゼリカは、車を牽いてくれたモロゾロクに歩み寄った。


「いつもありがとうね、トゥーシャさん。ゾリャさんにベンさんも」


 名前を呼びかけると、彼らは嬉しそうに角を鳴らした。短期間で、雪車を牽くモロゾロクとはすっかり打ち解けた関係になっていた。その時も、アンゼリカを見てふんふんと鼻を鳴らし、顔を肩口に押し付けた。


「お疲れさまでした」

「お待ちしておりました」


 迎えを受け、街を横断して城に入る。その間に聞いたところによると、このジヴェリニツァは、特に氷獣が多い街らしい。荷ほどきして一息ついたら、氷獣たちへの餌やり体験をさせてもらえることになっていた。


「先日の演習にいた子たちにも会えますか?」

「ええ、勿論。皆楽しみにしているでしょう」


 そんなことを話しながら、案内された部屋に着く。家具も殆ど置いていない部屋で、釣り鐘型の窓辺だけが白く浮き上がっていた。そこから外を覗くと、氷河の上を氷獣たちが行き来しているのが見えた。


 アンゼリカにとってなじみ深い氷獣は、雪車や護衛でよく目にするモロゾロクとグレイサーだ。スノークとレデラストは特別演習以来、あまり近づく機会がなかった。だがこの時は、すべての氷獣が眼下に集っていた。


 元々ここは、この儀式用の小部屋であるらしい。露台からは、氷獣の行きかう氷河を一望できた。部屋の中には餌を積んだ盤が準備されていて、それを投げ落とせば良いらしい。


 一方氷の上では、グレイサーたちがするすると滑って、餌を待ち構える。それはどこか、魚が遊泳する様子に似ていた。


 窓のそばには銀色に光る、巨大な盤がでんと鎮座していた。その上に、凍った魚や、獣肉の塊が山積みになっていた。アンゼリカは手を伸ばし、一匹の魚を手に取る。


「よいしょ……っと!」


 凍っているだけあって、ずっしりと重い。力を込め、ぽんと放り投げると、氷獣たちが反応して飛び上がる。一匹のグレイサーがそれを咥えて、更に跳ねた。ふわりと波打った毛並みが、日差しに白く輝く。


(みんなかわいい……)


 アンゼリカは何度も魚や、肉を投げ込んだ。その度に氷獣たちは駆け回り、跳ね回る。


 すでに食べた氷獣は、自主的に脇に避けて気ままに寝そべっている。そのため奪い合いに発展することもなく、平和なものだった。


 やがて盤が空になってから、アンゼリカは部屋に戻った。手を洗って外に出ると、迎えに来ていた辺境伯が待ち構えていた。


「お疲れ様でした。この度はご足労頂きありがとうございました」

「いいえ、こちらこそありがとう。とても楽しかったです。みんなかわいいし、それに本当に賢いですね」


 この餌付けをアンゼリカ自身は、楽しい触れ合いとしか考えていない。しかし、この餌やりにはそれ以上の意味がある。「これは従うべき相手である」と、氷獣側に教え込む一環でもあるのだ。


 アンゼリカの様子を興味深げに見守っていた辺境伯は、やがてアンゼリカに持ち掛けた。


「……失礼。良ければもう少しお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「はい?」


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