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白夜の華が見る夢は

 やがて、ソフィアが微笑んだ。


「アンゼリカ殿下、こちらへ。まだ舞踏会は続いていますから」

「そうなのですか?ヴァイスの舞踏会は長いのですね」

「いえ、この季節だけですわ。白夜ですもの」


 ユーリスと辺境伯は、まだ話があるらしい。ソフィアとともに舞踏ホールに戻ると、舞踏会は佳境に入っていた。美しい音楽が流れ、衣擦れと笑いさざめく声が途絶えない。灯りに宝石やドレスが反射して、空間を光らせているようだった。


 内装も楽器もダンスも南風で、特にフローラスで体感したものに近い。ヴァイスには独自の文化が多いが、こういう社交界の部分は多くがフローラス式である。まあ、それはヴァイスに限った話ではないが。


「まだまだ、ダンスは続きそうですね」


 白夜の時期は、空を夜闇が覆うことはない。だから時間感覚が曖昧になりやすい。止まない音楽に乗って、人々は踊り続ける。窓からは紫を帯びた薄紅の光が差して、まるで夢の世界か御伽噺のようだった。


 美男美女だらけなのもあって、うっとりしてしまう光景だ。そんなアンゼリカの目に、不思議なものが映りこんだ。


(あれは……?)


 柱できらきらと輝くそれは、ガラスの装飾のようだった。近寄って見てみると、気のせいだろうか。灯りを受けて光っているのではなく、自ら発光しているように見える。見覚えのある花だったので、気になってソフィアに聞いてみた。


「ああ、こちらは白夜の雫という花です。アンゼリカ殿下のお目にかけるのは二度目でしょうか」

「ええ、以前氷上舞を見せて下さった時に……これも、妖精から贈り物のひとつですか?」

「そうですわ。白夜の時期は、これで夜の深さを測ります。そして白夜の終わりには、これを束ねて氷河に還すのですよ」


 それからさらに詳しく話してもらった。名の通り、白夜の季節のヴァイス国内にしか咲かない花だという。この花は深夜になるにつれて輝き、朝が近づくと光が薄れていくのだという。


「今は……とてもきらきら光っていますね。今は真夜中なんでしょうか」

「ええ、暗くならない空を見ていると、時間の流れを忘れそうになりますが。そういう用途を抜きにしても、装飾としても美しい花でしょう?」

「ええ、本当に。何だかいい香りもします」

「これには安眠効果があるのですよ」

「そうなんですね!」


 見れば見るほどかわいらしい。小さく丸い、硝子細工のような花がたくさんついている。小さな花がいくつも連なり、丸くこんもりと盛り上がっている。アンゼリカが知っている中で似たものを挙げるとするなら、紫陽花が近いだろうか。


「アンゼリカ殿下はヴァイスにいらしたばかりですから、今年の白夜の儀式に参加なさることは少ないでしょうけれど。次の極夜、そして来年からは色々な催事にお呼ばれのことでしょうね」

「そうなんですか?が、がんばりますね……」


 花を挟んでほのぼの会話するアンゼリカとソフィアには、当然ながら幾多の視線が向けられていた。


「…………あの方が、新たな皇太子妃ですか。こうして見ると田舎娘にしか見えませんが」

「皇城でどれほど持ち堪えそうか、賭けますか?」

「賭けにならんでしょう。あれでは一年もつかも怪しい。離宮行きも時間の問題といったところかと」

「カサンドラ皇妃は、半年ほどでお籠りになってしまわれた。あの方はどれほど持つことやら……」

「ですが、あの方も未だ離宮行きにはなっておられないでしょう。人は見かけによらないものです」

「そこはほら、曲がりなりにも東方帝国のご出身だからでしょうよ。そうでなければ、陛下がフローラスに申し入れをした時には追い出されていたことでしょう」


 ダンスの合間に、彼らは好き勝手に言い交す。一人の紳士が、美しい淑女の手を導いた。ターンに合わせて、ドレスが花のように広がる。


「スーレア離宮が最後に開いたのは、オフィーリア皇妃が入れられた時でしょうか」

「あの方もどうしておられるやら。エリザヴェータ皇女のご不興こそ免れましたが、代わりにリュドミラ皇女に潰されておしまいになりましたねえ」

「おや、私はアレクサンドラ皇女だと聞きましたよ。まあどちらでも大差はないでしょうが」


 色とりどりの衣装の波が、一瞬も留まらず流れていく。波の向こうから、その単語を仄聞した令嬢の顔から、刹那すっと表情が消えた。


 スーレア離宮。それはヴァイスの女性たちにとって、恐怖の代名詞と言える。


 元々は皇家所有の離宮の一つだった。皇都よりも北の、渓谷の谷間に存在する。距離的にはそれほどでもないが、氷路がほぼないのが致命的だ。年中通年深く重い雪に閉ざされ、脱出が困難なことから、檻として選ばれたのだ。


 ここに入れられたが最後、人はどこにも行けない。何もできない。ただ雪を眺め、時折モロゾロクが運ぶ物資を待ちながら、死期を待つだけの緩慢な処刑。用済みだが殺すほどの手間をかけるのも惜しい、そんな女性を、まるで屑籠に捨てるように炎帝は送り込むのだ。


 豪雪に閉ざされた棺。凍てついた墓標。それがスーレア離宮だ。


 そっと彼らは目くばせを交わした。視線の先で、アンゼリカは溌溂と笑っている。その笑顔が雪に押しつぶされて消えるのも、彼らには遠くないことのように思われた。




※毎日、昼に更新します。

面白いと思っていただけたら、リアクション、ブクマをいただけたら嬉しいです!!


アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…

ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの夫。

ソフィア:ロスニア辺境伯の妻。ユーリスの従姉妹。アンゼリカに好意的。

皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。

ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。

ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。

フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。


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